長江哀歌(エレジー) : 映画評論・批評
2007年8月14日更新
2007年8月18日よりシャンテシネにてロードショー
現代中国における国家と個人の関係を掘り下げた作品
中国社会の変化を日常的な視点から描き出してきたジャ・ジャンクー。彼が新作の題材に選んだのは、三峡ダム建設という国家的な大事業だ。映画の舞台は、やがて水没する運命にある古都・奉節(フォンジェ)。妻子や夫を探すために奉節にやって来た主人公たちは、急激な変貌を遂げる土地の目撃者となる。
だが、この映画から見えてくるのは、ドキュメンタリー的な現実だけではない。自由経済へと移行する中国には、個人主義や格差が広がっていく。そうなると、国民をひとつにしていくために、政治的なイデオロギーに代わる新たな求心力が必要になる。それが、北京五輪であり、“世界一のダム”なのだ。
ジャ・ジャンクーは、そんな見えない力もとらえようとする。注目しなければならないのは、ドラマが「烟(タバコ)」「酒」「茶」「糖(アメ)」というタイトルで分割されていることと、「札」のイメージが随所で巧みに強調されていることだ。4つの嗜好品は、日常的な次元で人と人を繋いできた。しかし、上から国民をひとつにしようとする力が、そうした繋がりを崩壊させ、経済的な繋がりをさらに強化していく。この映画は、現代中国における国家と個人の関係を掘り下げてもいるのだ。
(大場正明)