「原作を読んで欲しい」ゲド戦記 ちょんさんの映画レビュー(感想・評価)
原作を読んで欲しい
私はジブリ作品のなかでゲド戦記が1番好きです。
竜と人間が暮らしているという世界観、テルーの挿入歌はとても素敵だと思います。また、生と死について深く考えさせられます。
しかし、他の評価にもある通り、意味がよく分からない。となるのも分かる、、、
その理由は、原作を読んでいないと散りばめられている伏線を完全に回収することが出来ないからだと思います。(原作を読んでも理解できない箇所があったが(--;))
映画ゲド戦記は、アーシュラ・K・ル=グウィンの小説『ゲド戦記』を原作としています。冒頭にはこんな詩があります。
ことばは沈黙に
光は闇に
生は死の中にこそ
あるものなれ
飛翔せる夕方のタカの
虚空にこそ
輝ける如くに
『エアの創造』
ゲド戦記はこの詩にもあるように、ことば、光と闇、生と死、タカがキーワードになると思います。
ゲド戦記の世界は、かつて竜と人間は一緒だったが、竜は自由を人は形あるものを望みます。
竜が火と風、人が土と水を選んでから、竜は西で暮らすようになり、一方で人は東で生活してきました。
しかし、最初のシーンで竜が人間の東海域に姿を表しただけでなく、竜同士で食い合いをしている。これは今まで保たれてきた「均衡」が崩れてきたことを示しています。
ことばについて。アレン?レバンネン?真の名?って映画見てるときになりませんでしたか、、
簡単に言うと、ハリーポッターで呪文を唱える時の言葉(レバンネン、太古のことば)と普段話す時のことば(アレン)は異なるのと同じです。
この世界は、大人になるとみんな一人ずつ真の名が与えられます。また、竜、魔法使い、それ以外の一部の人は太古のことばを自由に話すことが出来ます。
真の名は信頼している人以外には決して話してはいけません。太古のことばは知識がある人でなければ使ってはいけません。
人だけでなく、海、馬、石、全てに真の名があります。真の名を知っていれば、太古のことばを使って自由に動かすことが出来ます。その物の命を手中に収めたのと同然です。
アレンとハイタカが初めて出会った時、狼に襲われるアレンを救うシーンがありましたよね。ハイタカは魔法使い(の中でも頂点にいる大賢人)なので容易にアレンを狼から守ることが出来ました。
また、クモもレバンネンというアレンの真の名を手に入れたことで、ハイタカを襲うように仕向けることが出来ました。
光と闇について。アレンが暗闇に恐怖を抱いたり、アレンがアレンに怖がったり、アレン2人いるの?って疑問に思いませんでしたか、、
後半に明かされていましたが、2人のアレンは光と影、表裏一体なのです。
原作では実際に影と闘っているのは、ハイタカです。原作の第1作品目『影との戦い』で描かれていました。ハイタカが魔法学校に通っていたときの話です。
ちなみに、魔法使いはロークという島にある魔法学校を卒業し、杖を授けられることが多いです。
なので、ホートタウンで初めて会う商人達は杖を見ればハイタカが魔法使いだと分かりました。
ハイタカが死者を呼び出すという禁じられていた魔法を行ったことが全ての原因でした。その時に、左頬に大きな傷を負いました。
そのときから、ハイタカは姿の見えない影との闘いが始まります。最初はただの影だったのに、ハイタカ自身の体力(気力)が減っていくと、逆に影はだんだんとハイタカの形を取り力をつけて、ハイタカをより脅かす存在になります。
そして、闘いの最後は、、ハイタカが自身の影を抱きしめて終わります。自分が恐れていた自分自身を受け入れたことで解決しました。
アレンも死という恐怖などを受け入れ、テナーのお陰でクモの魔法から目を覚ましたことで、勇敢にハイタカやテナー達を救うことが出来ました。
生と死について。クモは死ぬことを恐れ、強大な魔法を使って不死の力を手に入れようとします。それが、世界の「均衡」を壊してしまっていました。
世界の「均衡」が保たれなくなると魔法の効きが悪くなったり様々な影響があります。ハイタカは大賢人として、その原因を突き止めるために旅をしていたのです。
クモは女?男?か分からないように描かれていたと思いますが、原作では男です。これらは小説の「さいはての島へ」に出てきます。
クモが生と死の扉を開けるのを防ぐために、アレンとハイタカが冒険に出ます。
原作では、クモを倒した後、ハイタカは魔法の力を使い果たし、魔法使いでは無くなってしまいます。
テルーについて。テルーは何者なのか、竜?人間?原作では、テルーは人間として生まれながらも、竜と潜在的に繋がっています。ちなみに、テルーの真の名であるテハヌーは炎という意味です。
そのような人は、勉強しなくても(生まれつき)竜と同じように太古のことばを話すことが出来ます。
しかし、自分が何者なのか自分自身でも分かっていなければ、竜に変身することは出来ません。
原作では、竜と人間の仲介人として重要な役割を果たします。
映画と原作は世界観は同じだとしても、内容は異なります。
原作では、アレンは父親を殺していません。テルーとハイタカが初めて会った時には、ハイタカは既に魔法使いではありません。テナー・テルー・ハイタカ・アレンの4人が会う場面はありません。
内容の濃い原作を映画にするのはこんなに大変なのだと感じました。作品の世界観、死生観に触れることで多くの学びを得られました。ぜひ、多くの人に原作を読んで欲しいとおもいます。
長文乱文失礼致しました。ありがとうございました。