父親たちの星条旗 : 映画評論・批評
2006年10月17日更新
2006年10月28日より丸の内ピカデリー1ほかにてロードショー
巨大で恐ろしいキャンバスにどきりとする細部を滴らせて
やはりそうだったのか、という納得ではなくて、そうかそうだったのか、という感嘆。イーストウッドの新作「父親たちの星条旗」を見ると、反射的にそんな言葉が浮かぶ。
映画の背景は、硫黄島の激闘である。日本軍2万名が必死で防戦する黒い砂の島に、米軍3万名が押し寄せる。「太平洋戦線で最も血が流された戦い」はもちろん凄まじい。米軍は、上陸第1日に早くも2000名の兵を失う。殺伐とした島で展開される戦闘は、むしろ慄然とさせられる殺戮劇に近い。
が、もうひとつ大きな主題がある。島に星条旗を立てる兵士たちを撮った、あの有名な写真だ。イーストウッドは、写真を通じて「英雄」の意味を探る。生き残った兵士たちは、なぜ戦争債券の宣伝に駆り出されたのか。
広い視野と深い焦点を確保しつつ、イーストウッドはこの難問に迫る。理屈で迫るのではなく、映像の力と肉体の温度で迫る。硫黄島もシカゴの街も中西部の平原も、それぞれに異なった拍動を刻む。スターを使わず、画面の色彩をウォッシュアウトし、一定のリズムでフラッシュバックを用い……いつものことながら、彼の技術には無駄な飾りがない。巨大なキャンバスにどきりとする細部を滴らせつつ、イーストウッドは、みごとに安定した歩調で132分の長丁場を踏破する。原題の「旗」が複数になっていることも見落とさないでおこう。
(芝山幹郎)