劇場公開日 2008年11月29日

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「羅生門効果という心理学用語のネタ元の映画」羅生門 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0羅生門効果という心理学用語のネタ元の映画

2021年8月10日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

興奮

知的

萌える

羅生門効果(Rashomon effect)。事実は一つのはずなのに「こうだった」という認識が三者三様であることに気がついた心理学者(確か家族療法家だったと思う)が、その現象に対して、この映画をヒントにして名付けた心理学用語。
  皆”嘘”を言っているのではない。
 そこで起こったこと、すべてを言語化するわけではない。何を取り上げて何を割愛するか、その取捨選択だけでも、三者三様の物語ができる。
 加えて、内的真実(自分にとっての真実)としてそう思い込む。過去の出来事がこうであったから今経験しているのも「こうであるに違いない」と思い込むこと、認知の問題、自己防衛、情緒の問題、コミットメントの度合い…様々な要素からその人にとっての真実(内的真実)ができあがる。それは、時を経るに従ったり、いろいろな経験を積み重ねたり、見識を広げたり、心を豊かにし深めたり、自分と直面する勇気を持ったりすることで変化していく可能性を持つもので、だからこそ、心理療法ができるのだけれど。お互いの観方・そう見た背景を分かち合うことで「ああ、そうだったのか」その方の世界観が変わっていく可能性をも秘めたものであり、お互いの世界観に橋を渡せる可能性をも秘めたものである。

映画のレビューを拝読していても、同じ映画を観ているはずなのに、そこに何を感じ、好き嫌いはともかく、とらえ方にも様々なヴァリエーションがあって…。摩訶不思議。

ある男の死に至るまでの夫々の言動。
 多襄丸は繰り返し言う。「どうせ死罪になるんだ。今更嘘を言って言い逃れしても仕方がない。本当のことを言いましょう」でもね、君の話や被害者の話を聞いている者からするとね、やっぱり自尊心を守りたい為の”嘘”に聞こえる。殺された夫にしても、残された妻にしても、一部始終見ていた杣売りにしてもそれは同じ。皆自尊心は守りたいよね。そうであったと自分に信じ込ませなきゃやっていけないよね。虎は死して皮を残すが、人は死して名を遺す。西洋なら、墓碑にどう書かれるかが大事ということか。
  そんな人間の浅はかさ、おかしさ、恐ろしさが映像として描き出された映画です。

なんて書くと、重苦しいだけになってしまうけど。他のレビュアーの方も書かれていますが、カメラワークの美しさ、登場人物の人間臭さ。躍動感。同じ人物を四通りに演じ分ける三船氏、京さん、森氏の演技、それを器として支える志村氏、千秋氏、上田氏の演技に息を飲みます。本間さんの依りましのインパクト、雛人形の仕丁(五段目)さながらの加東氏も華を添えてくださいます。

「男は黙ってサッポロビール」等重厚なイメージの強かった三船氏のはっちゃけぶり(@_@;) 字で書くとどうしようもない盗賊の役柄なんだけど、三船氏が演じるとものすごくキュート(*^。^*) それでいてあの迫力。命そのものがぶつかってくるような荒々しさ!(^^)! 野性味!(^^)! ビックリしました。かっこういい立ち回りから、腰が引けたどうしようないビビりの切り合いまで、縦横無尽に演じきる凄さ(*^。^*)
 ライオン・黒ヒョウ等がイメージなのだとか。体に油を塗って、野性味を演出したとか。疾走感を出すためのカメラの工夫とか、様々な工夫と、その演出にこたえる三船氏の演技!!!

京さんは、お淑やかな雛人形、清純そのものといった佇まいから、男を手玉に取る妖艶な美女まで。しかも、その両極端を演じきるだけではなく、男に抱かれた後に捨てられるのではと予感させられて茫然とする表情とか、本当に多彩、様々な心情を細やかに見せてくださいます。

この二人に対して森氏は”静”の役回り。縛られている場面もあるし、性格的にも冷静な武士という役回りだったから、あまり動き回っての派手な演技はありませんが、四者の証言によって浮き彫りにされる微妙な性格の違いを魅せてくださいます。しかも、そんな”静”の武士が、死してなお語るその思いの激しさ。

この三人の拮抗した演技力のぶつかり合いが絶妙です。

暑さが起こした事件?暑さが見せた幻影?
多襄丸が真砂を見初めるシーンのすがすがしさ。一幅の絵画のよう。
そんな絵にも心を奪われる。

加えて、羅生門場面での志村氏、千秋氏、上田氏の演技も素晴らしい。出番が少なくて動きも少ないのにインパクト大。

森の場面でも、羅生門の場面でも、三人の立ち位置の変化が、面白い。それをみるだけでもワクワクする。

四者の証言を聞いて混乱した気持ちが、羅生門での会話に(内的言語で)参加することによって少しずつ、それなりに心の中に落とし込んでいけるかと思うと混乱させられ、ラビランスの迷宮のようにさ迷い始め、つい柄にもなく哲学的なことを考え始めてしまいます。
  この三人の会話がなかったら、盗賊・殺された夫・残された妻の物語を見せられて放り出された気分のまま収まりがつかずに終わったのだろうなと、この部分を持ってきた監督に座布団1枚の気分です。

ラスト。完全に監督オリジナルの展開。でも、ある行為から、財政的にある程度余裕ができたからの行為でもあるよな、なんて、ちょっと意地悪な見方もしたりして…。
 それでも、根っからの悪人なんていないのだろうとも思わせてくれる。
 旅法師たちの話の間降り続いていた集中豪雨も上がっての幕。

人間を考えると言う点でも、カメラワークや演技を堪能するという点でも、何度も見返してしまいます。それだけの価値のある映画です。

とみいじょん