劇場公開日 2025年10月24日

「生き物としての人間」もののけ姫 悠さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 生き物としての人間

2025年11月26日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

人が生きるということ、獣が生きるということ、森が生きるということがどういう営みなのかを語る寓話。
あまりにもその語りが言外やフレームの外まで拡張されているのは、宮崎駿という作家が苛烈に過密にフレームの中を物語の残骸で埋め尽くしてしまう能力を持っているからだ。
東の一族の生活、戦国乱世、タタラ村、蠢く朝廷と宗教組織という欠片。
そういう面白い設定を詰めるだけ詰めてフレームの外に全て切り飛ばして、ただ一つの指向性を与えた。
人間が自然の中で生きるということ。その営みが如何に暴力的で容赦がなく、破壊を産んでじいうるのか。
何故、森の神を知悉しているエボシが神に挑んだのか。知って尚、女や病人を守るため、自分のムラを守るためである。
何故、守らないとならんのか。それは地滑りや洪水による天災が人の心を澱ませ、戦乱を起こさせた。
その戦乱が森を切り開かせ、シシ神を祟り神にし、サンという捧げ物を出してしまった。
しかし、そうした大きな物語に関係なく今作はアシタカという曇りなき眼を持つ者(つまりカメラレンズ)の視点で進んでゆく。彼が見た美しい女(サン、タタラ村の女、カヤ)や畏れるべき自然を彼がどう解釈して生きて行くか。もっと単純にいうと、彼が「目の前の命を奪うか、救うか」に還元され、その選択が物語を動かす。
今作のような血みどろの戦記が当時広く受け入れられたのは美男子が女を守るといういかにも野生的で根源的な物語構造になっているからであり、飽きずに見れるのは目の前の命をどうするかという生き物として当然すべき選択をする以外何もさせない物語にある。

悠