「謎の女性の虜になる男の愛欲の顛末」めまい(1958) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
謎の女性の虜になる男の愛欲の顛末
サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックの代表作の一本に挙げられる、監督59歳の時の心理サスペンス映画。一般的に評価が高い作品には、イギリス時代の「三十九夜」「バルカン特急」、ハリウッド初期の「レベッカ」「海外特派員」「疑惑の影」、中期の「見知らぬ乗客」「ダイヤルMを廻せ!」「裏窓」とあり、この「めまい」は「北北西に進路を取れ」「サイコ」「鳥」の時代の後期の名作として位置づけられます。それに同じ題材の映画化「暗殺者の家」と「知りすぎていた男」、ヒッチコック70代の最晩年の「フレンジー」「ファミリー・プロット」を加えれば、代表作の殆どを網羅したことになるでしょう。個人的には中期の三作品が好みですが、ヒッチコック監督が亡くなり21世紀になって「めまい」の評価が見直されてきて、一例ではアメリカの映画団体AFIが選出したアメリカ映画ベスト100の中では第9位の扱いです。これに続き「サイコ」「裏窓」「北北西に進路を取れ」が100位圏内に選ばれています。このことは映画制作に精通した人たちが、つまり製作側の模範となる演出や撮影技術の斬新さから、その他の諸要素も含めて、映画としての完成度の高さを客観的に称賛した結果であり、簡単に言えば玄人受けする映画であると言えると思います。
この作品には、アメリカ初期・中期作品のようなストーリー展開の面白さや起承転結のスッキリした完結性はありません。一度の見学では計算された脚本の凄さに気付けない巧妙な話術ゆえでもあります。また「サイコ」のような観客を怖がせるショッキングなインパクトも特になく、殺人罪に問われるべき犯人も逃したままに終わり、主人公が騙されて犯罪に利用される事件も解決しない状態です。勿論心理サスペンスに集約した内容ですから、「北北西に進路を取れ」のようなアクションシーンの醍醐味も無く、地味に話は進みます。主人公スコティが高所恐怖症になるプロローグから、友人ギャヴィンの妻マデリンの尾行を依頼されて恋愛感情を抱くようになるのも極ありふれた流れでしょう。それも、若くして命を絶った曾祖母カルロッタの亡霊が取り憑いたようなマデリンの感情のない表情の冷たさが不倫恋愛を盛り上げることなく、最後は謎のまま飛び降り自殺をしてしまう。スコティが救えなかった後悔が、元々の高所恐怖症に加えて更に精神衰弱を悪化させて入院してしまう前半部分は、多くの謎を残したままで、物語として決して分かり易い面白さとは言えません。謎のキーワードは、“私を失ったら愛が本物だったと分かるはず”。
ところが、この映画の本当の怖さと面白さは、スコティが完治しない状態で退院して、亡くなったマデリンの幻影を追い掛けてしまう後半にありました。それもマデリンに瓜二つの容姿とスタイルをもつジュディという女性に出会ってからの異常な行動には、性的な衝動も含めた男の生々しい姿が表現されています。ヒッチコック監督のサスペンス映画に恋愛要素があるのは珍しくないのですが、この作品のように描かれていない部分で想像させる演出は貴重です。サンフランシスコ市街地を見下ろすロングショットに続くマデリンの車が駐車してある邸のシーンから、謎解きの面白さで観る者を引き付けます。スコティの眼からはマデリンが映り、近づくと車を買い取った夫人が現れる。映画だけができる錯覚の表現は、初めて出会ったレストランでも、スコティはエルスター夫妻がいた席にマデリンを見てしまう。カルロッタの肖像画が展示してある美術館、ショーウィンドウに飾られている花のブーケと記憶をたどり、偶然にもジュディを見掛けて追跡するスコティは、マデリンの幻影に取り憑かれた男になってしまっている。対してジュディは、カルロッタの亡霊に取り憑かれた芝居を演じたマデリンではない。この立場が逆転した男女が再び恋愛関係を築こうと苦悩するところが、ヒッチコック監督の狙いであった。ジュディをデートに誘い、グレーのスーツを着たマデリンに変身させていくスコティの執拗な要求が病的になる怖さ。髪を染め化粧も変えて髪型までこだわるスコティの性的な欲望が偏執的に描かれている、不思議な感覚です。完全にマデリン仕様になったジュディと熱いくちづけをするスコティの恍惚が、回転する背景の記憶と重なる映画演出の見事さ。そして、次のカットで黒いドレスに変身したジュディとスコティの関係を破壊するネックレスの登場で、物語が急展開するクライマックスの緊張感が素晴らしい。
ジュディがスコティを忘れられずサンフランシスコにとどまり、いつか再会できるのではないかと待っていた女心と、ジュディではないマデリンを愛してしまったスコティが、結ばれた後のこの結末は、肖像画に描かれていたネックレスをジュディが身に付けたことでマデリンの呪いがかかる最後を迎えます。スコティはネックレスひとつで、友人ギャヴィンが仕組んだ妻マデリンの投身自殺に見せかけた遺産目当ての殺人事件の証人役に仕立て上げられ、騙されたことに気付く。目の前にいるジュディは、マデリンでなくギャヴィンに雇われただけの共犯者に過ぎない。それでも、真相を確信して怒りに震えるスコティが鐘楼がある塔の頂上で高所恐怖症が治り、ジュディに心を許す瞬間のラスト。一気になだれ込むような結末の後の虚無感含め、見事なクライマックスです。
主演のジェームズ・スチュアートは、終始精神疾患の難役を好演し、マデリンの儚い美しさの虜になる男の欲求を巧みに演じています。マデリンとジュディの二役のキム・ノヴァクも演じ分ける巧さをみせて、何よりマデリンの時の美しさは「ピクニック」「愛情物語」の代表作に並ぶ存在感です。キャスティングで唯一の物足りなさは、バーバラ・ベル・ゲデス演じるミッジの扱いでしょうか。マデリンがスコティのアパートから出てくるところを偶然目にして嫉妬を膨らませ、カルロッタの身体に自身の顔を描いた油絵をスコティに見せる痛い女性は、それ以上物語に加わることはありません。これはスコティとマデリンとジュディの3名の登場人物で語り、完結する恋愛心理サスペンス映画の形を取っています。ソール・バスのタイトル、バーナード・ハーマンの音楽も良く、最も見事なのはロバート・バークスの撮影です。坂道を走る車からのサンフランシスコの街並み、建物を捉えたショットの構図の完璧さ、そして会話時のカメラアングルの的確さまで、模範的なカメラワークです。特殊効果の技術者から撮影監督になったバークスの功績は、「サイコ」(ジョン・L・ラッセル)を除いて「見知らぬ乗客」から「マーニー」までの多くのヒッチコック作品があり、高レベルの安定感と斬新さを兼ねた映画遺産です。
最低でも連続して2度見直して、ヒッチコック監督の演出の見事さ、脚本の構成力、カメラワークの素晴らしさ、テクニカラーの美しさ(レストランの赤い壁)、照明の丁寧さ(本屋さんで店主からカルロッタの歴史を聴くシーン)、墓場のシーンその他での幻想的ぼかし、主演ふたりの演技を堪能して欲しいと切に思います。
共感ありがとうございます。
キム・ノヴァク、
素材が素晴らしいのは勿論ですが、本作の重要な要素である、
「この世のものでは無い感」
が、アングル、効果を含めて完璧だと思うのです。
『裏窓』とあわせ、ヒッチコック作品の双璧です!