赤ひげのレビュー・感想・評価
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この時代の俳優は本当に凄い。主役級のみならず脇を固める役者達の味わ...
貧困と差別の社会に対する人道主義を問う黒澤芸術の完成度とその表現力
享保の改革で設置されて約100年後の文政の江戸時代、1820年代後期の小石川養生所を舞台にした新米医師安本登の成長物語。黒澤監督含む4人体制のシナリオ執筆に2年の歳月を費やす労作にして、内容の濃いエピソードの連鎖に平明な人道主義を構築した力作。当時の医療技術の実態を最小限の説明に抑え、貧困と差別の社会に対する問題提起を主題として、その模範的人間像を赤ひげこと老医師新出去定の言動で描く。有名な(解体新書)が刊行されて50年が経ち、シーボルト来日で齎されたオランダ医学が長崎で発展し始めた時代背景は、二次的要素に止まる。唯一麻酔なしの開腹手術が医療治療の描写だが、主人公安本の臆病さや未熟さを意図した場面になっている。
座敷牢に隔離された色情狂的体質の若い女のエピソードでは、女性の色気に惑わされる男のしがない性(さが)を露呈する。香川京子の鬼気迫る演技が素晴らしい。それに続く蒔絵師六助の臨終場面も凄い。癌末期の壮絶な症状描写には死を悟った人間の尊厳があるが、死後の娘おくの懺悔の告白で分かる六助の不幸な晩年の後付けが更に暗く重々しい。また黒澤作品では珍しいと思われる男女の恋愛悲話を車大工佐八で描くも、妻おなかの行動に話の作為が際立ち説得力が弱い。作品で一番の山崎努の名演がその欠点を補っているものの勿体ない。人格者赤ひげのお金に容赦ないふてぶてしさや、岡場所での用心棒との格闘で見せる武術の高さは、矛盾した人間の設定に沿ったエピソードになっているが、完璧すぎる印象を与える。赤ひげが自己否定し諭しても、安本からは全てが理に適った模範的な人物に見えるからだ。赤ひげ演じる三船敏郎の演技にどこか不自由さを感じる。
其々に練られ完璧に構築されたエピソードの中で最も優れているのが、ドストエフスキーの(虐げられた人々)を引用したと云う、おとよと長次のお話だ。安本と交互に看病して培われるおとよとの人間関係もいいし、一家心中で瀕死の状態にある長次を救うべく井戸の底に叫びかける賄婦たちとの交流も微笑ましい。また、一番可笑しかったのは、娼屋の女主人きんを追い払う賄婦たちの行動にある演技の本気度である。名実共に大女優の杉村春子を、いくら演技と云ってもベテラン女優たちが力一杯に叩き付けるとは、黒澤演出の悪戯を感じる。その上で、滅多に観ることのないシーンに驚きながら、杉村春子の役者魂に感服するのだった。また、両替屋和泉屋徳兵衛に志村喬、安本の両親役に笠智衆と田中絹代を持ってきたのは、流石に黒澤監督の力であろう。日本映画の巨匠小津と溝口に敬意を注ぐ映画人の、継承者たる覚悟を推し量る。
三年間の長崎留学の不在で許嫁に裏切られた安本の実情が徐々に解る、映画的な語りと表現が素晴らしい。妹まさえを何回か登場させてからの種明かしが予想通りではあるが、流れは自然である。御目見医の出世を断り、まさえに承諾を取るところから、ラストシーンの赤ひげに付いて行く安本の後ろ姿は、映画冒頭の後ろ姿とは別人になった安本の成長を見事に表現している。完璧を追求する黒澤監督の映画作品に懸ける執念の凄さと、人道主義を師弟対比で描く普遍性にある分かり易さ。公開当時に”泥臭いヒューマニズム”の賛否を受けたのも頷ける。役者は加山雄三以外文句なしの演技を見せつける。
「赤ひげ診療譚」山本周五郎の原作も良かった記憶。 その周五郎に原作...
これこそ映画の世界遺産です
文句のつけようはずもありまん
ただただ感涙あるのみです
物語は一言でいえば新任の若い医者の成長物語です
その主人公に加山雄三を配役する眼力は流石というしかありません
物語は、狂女、六助の娘おくにと三人の子供、佐八とおなか、12歳のおとよ、7歳の長坊の五つのエピソードで構成されます
おとよと長坊の二つが休憩を挟んだ後半になります
狂女の登場の鳥肌のたつ怖さはどんな怪談よりも怖い
おくに役の根岸明美の超がつく長台詞シーンは驚嘆、圧巻で度肝をぬかれるばかりの名演です
異常な緊迫が画面に溢れています
おとよと長坊の二人は病床での眼の光にはまいりました
神ががった演技が山のように全編に満たされています
そこに黒澤監督の演出が炸裂するのですから、強烈な映画体験と言うしかありせん
劇中の季節が初冬に始まり真冬を経てラストシーンは積雪の溶ける明るい日射しの春で終わります
主人公の心象の変化を季節で表現させているのはお見事という他ありません
井戸の水面に水音がして波紋が広がって、長坊が命をとりとめたことを実感するシーンも流石です
これこそ映画の世界遺産です
けっこうよかった
主人公がいじけた男で、最初は見てられなかったのだけど、女郎宿の娘の世話をするあたりからぐっと面白くなる。三船敏郎の素手ゴロが見られた。主人公が結婚する時に、相手の女の子に対してさっぱり好きであると言わないのにうまく事が運んでいた。先日見た『男はつらいよ 寅次郎の旅路』で「死ぬ気で自分の事を好きと言わない相手はダメだ」というような話だったため、果たしてこれでいいのか、という気分になる。それにしても長くて、見終わるまで3日掛かって、最初の方を忘れてしまった。ただ、昔からそれこそ30年くらいずっと見なければいけないと思っていたのでようやく心のしこりが取れた。
黒澤映画のベスト3くらい
貧困と無知との戦い。全ての病気に対して治療法はない!と断言する新出去定。病気の影には政治が絡んでいるとのことだ。終始、貧乏人の味方である人情医師赤ひげだ。
3時間にもわたる長い作品ではあるけれど、前半2時間、後半1時間と雰囲気が全く違うところがいい。前半では山崎努と桑野みゆきのエピソードが凄い。陰影を上手く使った照明技術で頬のこけ方が怖いくらい。逆に後半の中心になる置屋の12歳の娘二木てるみに当たるキャッチライトが野性味を醸し出し、全体的に照明技術が印象的でもあった。
子ネズミ長次の似たようなエピソードは今ではあちこちで使われてるけど、みなこの映画を参考にしているのかもしれないなぁ。
「後悔するぞ」とか、印象に残る台詞は人によって違うと思うけど、幼い娘が犯されるなどの事件を聞くたびに「よくあることだ」と言い捨てる赤ひげが印象的だった。江戸時代ってのは日常茶飯事だったのだろうか。
素晴らしい映画
DVDにて。前情報なしに初めて観た。社会派映画だった。しかしさすが黒澤。しっかりエンターテインメントとして仕上がっている。日本がダメダメな今こそ、この映画を観て、我々は江戸の統治に学ぶべきではないか。
劇中の小石川養生所は、あの当時(1700年代)、目安箱から集められた民の意見に基づき、幕府主導で行なわれた貧困対策。これにまず驚く。同時代の他国ではありえない。日本流の民主的統治は上手く回っていた。前々から感じていたが、日本の最盛期って実は江戸時代だったんじゃないかと思う。(そうならないことを願うが笑)
我々の民主主義精神のルーツは、この江戸時代におけるトップ主導の民主的統治にある。しかしこれは、欧米の共同体主導の民主主義とは全く食い合わせが悪い。
明治政府は日本と欧米の民主主義の違いが分かっていた。だから明治維新は成功した。しかし戦後の日本政府は、この違いを忘れた。そして今こそ、思い出すべきだ!
余談ですが、小石川養生所の設置は大岡忠相の主導により行なわれたが、その貧困の原因である享保の改革の大失敗を引き起こしたのも大岡忠相(笑
・・・と、映画の話と大分逸れたな。
黒澤ヒューマニズムの極地!
DVDで鑑賞。
原作(赤ひげ診療譚)は未読です。
弱者への献身と限り無い奉仕の心を持ち、弱き者を見捨てず、他者には常に慈愛の精神を持って接すること。こう云った思想が全編に渡って描き込まれているなと思いました。
赤ひげ先生は貧しい患者に無償で医療を提供し、困っている人がいれば助けずにいられない。人間の鑑と言うべき清い人物像を体現する三船敏郎の名演が心に沁みました。
加山雄三演じる新米医師は、はじめは赤ひげ先生の教えに反発していたものの、様々な事情を抱えた患者たちと接していく中で考え方を改めていき、人間として成長しました。
赤ひげ先生を主人公とするのではなく、新米医師を中心に置くことで、醜いところもある人間と云う生き物の素晴らしさを赤裸々に描き出していく構造にしびれました。
※修正(2023/06/01)
『生きる』に繋がる
思ってたより退屈でした。 赤ひげ先生はかっこいい。 地廻りをボコボ...
桑野みゆきと二木てるみ
テレビドラマを見ていて、またもや観ることに。
女優中心で見たが、先ずは狂女をお世話する団令子、狂女の香川京子、自責の念から死を選ぶ桑野みゆき、娼家の鬼婆の杉村春子、登の母親の田中絹代、床磨きの二木てるみ、そして登を裏切った姉の代わりにかいがいしく世話をする内藤洋子は大ファンだった。
黒澤の集大成のような巨編だが、これだけの作品を今の映画人にも作ってほしい。
世治し
貧民はタダ、富裕層からは言い値の診察代、患者を入院させるためなら怪我人も出してしまう!赤ひげ先生。
勧善懲悪な世界観で、弱者の味方、正義のヒーローという描き方をされており、医師として診断・治療に苦慮するという場面はあまりありませんでした。現代と比べて検査も治療も選択肢が少ないため、やっていることの趣旨がだいぶ違うのは仕方ないにしても、容易な診断ばかりで違和感が続いてしまいました。いくら当時でも吐かせたい時に仰向けに寝かせておかないだろうとか…医学考証は???でした。
本題は医療というよりも、患者達が辿ってきた不運な生い立ちによる心の病や死に様がクローズアップされていました。彼らが抱えてきた不幸の根源である「貧困と無知」を一向に解決しない社会で、その格差や歪みこそが赤ひげの治療対象のようでした。
脇役まで豪華俳優陣、彼らの渾身の演技が引き出されています。モノクロだからこそ際立つ眼光。一切妥協のない美術。メタボ殿様(^^)。
青ひげだったら随分違う趣旨の話になったなぁ…なんて(^^;)。
個人的には、神妙な表情で傾聴している三船敏郎より、武具を振り回して暴れ回っている三船敏郎が好きです(^_^)。
人生の出発点と終点
総合85点 ( ストーリー:90点|キャスト:80点|演出:75点|ビジュアル:65点|音楽:65点 )
医者に行きたくても行く金もない貧困層に尽くす医者の話かと思いきや、必ずともそうとも言えない。むしろ治療にかける医術の話、特に医療の技術的な話は控えめで、ただそこに生きる人々の姿を養生所を通して見せる形になっている。
それでその人々だが、それぞれの抱える重い事情と背景がしっかりと描かれていて引き付けられた。もうどうしようもない半生を背負ってやっとここに流れ着いた最後の場所という雰囲気が出ていた。ここは単なる養生所ではなく、働いている人も治療を受ける人も、ここで人生を終えたり人生を始めたり人生を賭けたりする場所だった。インドでマザーテレサが誰も気にかける者も無いままに路上で死ぬ人々の手を握ることで孤独から解放するというものに近いような、人々の救済を感じた。
あえて挙げる欠点としては、良い人が良くて悪い人が悪いと簡単に分けられているところ。これだけたくさんの人が集まる場所だと、ただ食いっぱぐれた人やいい加減な人や小ズルい人がもっと色々といてそのような人の起こす問題に忙殺されそうなもの。しかしいわゆる味方側の人々はいい人が多くて内部の管理がすごく簡単になっていたのはやや都合が良い。
それから医療に関しては、医療が大変なのだという描写からの視点であって、医療のためにどのような努力、特に技術的な努力をしているのかという視点が少なかったかと思う。医者として具体的に何をやったかということにおいて、『仁』のように梅毒患者に対して薬を作ったというようものが含まれていても良かった。
あまりにも現代的なテーマ
大きな地震(おそらく安政の大地震であろう)の後の格差社会を描く。時は幕末なのだが、まるで3.11後をテーマとしたかのような現代性あふれる問題提起である。
災害により最も被害を被るのは貧しい者たちであり、貧困は身体ばかりか心の健康も蝕む。これは安政でもなければ、この作品が撮られた昭和でもない。まさしくこの平成の日本を描いている。
そう思えるほどのこの映画の今日性に戦慄すら感じ、心身の健康は金次第であるという身も蓋もない普遍的な視点を貫いたことに快哉を送りたい。
そうした物語の内容はともかくも、豪華な出演者の顔ぶれもまた観ていて楽しい。山崎努の熱演は瞼の裏にしばらく残り続けるし、桑野みゆきはとても可憐で感情移入するなというほうが無理である。
また、おとよと長坊の子役も上手い。不憫で、愛らしい彼らが観客の心をかっさらってしまう。
惜しむらくは、杉村春子にコケティッシュな芝居を存分にさせていないところだろうか。せっかく大根で杉村を殴らせるのだから、彼女にはもう少しスクリーンの中で動いて欲しかった。この女優は台詞ではなく体の動きで芝居をするのだから、大根を飛び散らかした頭をどうにかして欲しかった。あっさりと次のカットへ変わってしまったが残念。
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