劇場公開日 1965年4月3日

「赤ひげがかわいい」赤ひげ とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0赤ひげがかわいい

2021年1月15日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

萌える

豪放磊落と言いたいが、患者の心情を見抜き、適切なケアをする繊細な神経を持っている赤ひげ。
細やかな処置をする割には無愛想。
いつも怒っている。
何に?
貧困と無知に。そして、その前には、自分の医学の術など、砂漠に巻く水のような無力感に。

開発途上国と言われる地域で活動しているNGO達を思い出した。
 医療も大切だけれど、まず病気にならない環境を作ろう。
 そのために、現地で活動する保健ワーカーを育て、識字率を高め…、清潔な水を確保し、栄養価のある食べ物を栽培し…。

そのようなサポートがない中で、孤軍奮闘をしている診療所、人を見ずに病を診る医者ではなく、病を通して人どころか社会をみる医者のいる診療所を起点とした物語。
 赤ひげを軸とし、新米医者・保本を狂言回しとして、その間を取り持つ先輩医師・森を配して、貧困の中で、そこで生きる人々の人生を、オムニバスのように、少しずつ絡めながら描いていく。

原作未読。

性的虐待を受けたと訴える女性の症状に対して、「そんな経験をした人はたくさんいる。けれど、こんな症状を持つのはこの女性だけだ(思い出し引用)」と言い切る。”そんな経験をした人”がたくさんいる状況!!!この一言で、この映画に描かれている庶民がどれだけ人権をないがしろにされているのかを表現してしまう、その脚本!そんな風に簡潔に表現するところと、たっぷり時間をかけて表現されるところの、取捨選択、テンポが秀逸。

ごく自然なふるまいと、舞台を見ているような二人の立ち位置(保本と狂女、佐八とおなか、保本とおとよ)、独演劇場を見ているような独白(佐八やおくに、独白はないけれど六助)の緩急。診療所医師の食事風景は『楢山節考(木下監督)』を思い出してしまった。

そして、光と影を最大限に活かした場面。
 佐八の臨終ー本当におなかが来ているのではないかと思ってしまう。
 おとよが診療所に来た最初の夜。狐憑きを思わせる。
 井戸。この世とあの世を繋ぐもの。井戸をのぞき込む女たちから、井戸の水面に映る女たちに映像がかわる場面。この世とあの世がひっくり返ったようだった。

これらの脚本・演出・映像をとっぷりと堪能させてくれる役者たち。
 豪華絢爛、大御所たちをこれでもかとふんだんに使う。ウォーリーを探せ状態。お一人お一人を絶賛するとそれだけで字数オーバーになりそうなほど。
 そんな俳優たちの中にあって、おとよを演じた二木さん、公開当時16歳、長坊を演じた頭師氏公開当時10歳が、少しもひけをとらない演技で感動させてくれる。

そして音楽。

圧倒的貧困。
義理やいろいろな思惑が絡んで思うとおりに行かず、背負ってしまう業。
つらく苦しい話がベースだが、絶望だけでは終わらない。
そして、淡い恋物語が花を添え、全体を通して新米医師の成長譚として綴られ、未来を感じさせてくれる終わり方。

それにしても、赤ひげがかわいい。
 聖人君子。仏。このような立派すぎる人の話だと、へたをすると、そのりっぱさが鼻について嫌味にもなろう。
 だが、赤ひげからは嫌味さは感じられない。持ち上げられれば照れ、わざと自分のダメな部分を明かす。一生懸命、自分に対する称賛・権威を振り払おうとする。その様がかわいい。応援したくなってしまう。
 この人物をこのように愛らしく演じられる、三船氏の器の大きさ。
 この映画の一番の魅力はここだと思う。

とみいじょん