「「子供の純粋さが引き立つエリセのドキュメンタリー的映像」」ミツバチのささやき かなさんの映画レビュー(感想・評価)
「子供の純粋さが引き立つエリセのドキュメンタリー的映像」
1940年、内戦中のスペインの田舎町に映画がやってきて、子供たちは大はしゃぎ。上映作品は「フランケンシュタイン」。恐る恐る映画を観る子供たちの目のアップショットが夢中になっている姿を映しだす。
夜、ベッドの中でささやくように、妹のアナが姉のイサベルにフランケンシュタインのことを尋ねる。イサベルは夜になったら会えるよとアナに言う。その時のアナの大きくクリクリした目が、好奇心と深層心理に刻まれたことをエリセは映像で見せる。
学校帰りにアナはイサベルと空き家に行く。何かを期待している。後日、一人で行く。大きな足跡、期待は膨らむが、知らない男がいるだけ。しかしアナはその男にある想いをいだいている。
ある日アナが家に帰るとイサベルが床に倒れていて、窓は開けっぱなしになっている。ひどく動揺するアナは家人に助けを求めるが、誰もこない。アナが焦っていると実はイサベルの悪ふざけだった。
アナが経験した見知らぬ男がいなくなったことと、イサベルの悪ふざけは、アナに大きな影響を与えた。アナの深層心理から、しっかりとした意識、思考に、怪人フランケンシュタインが実在するという確信に変えたのだ。だからアナは深夜一人で外出する。
この映画は実に台詞が少ない。エリセは子供たちに大まかな指示だけ与えて、あえて演技をさせていないように見える。子供たちの内面からにじみでる驚きや恐怖が、よりリアルに見えるのは、演技というフィクションではなく、演技を排したドキュメンタリー性をこの映画が醸し出すことによって、より光輝く作品になっている。
またエリセは、子供の純粋な心は、経験を積んだ大人にははかり知れない、大きさと深さがある。幼いから、無知に近いからこそ無限大に想像力が働く。アナが一人でどこに行ったのか。アナは実際フランケンシュタインに出会っている。夢か現実かはっきりしないが、アナの心には確かにいたのだ。子供を甘く見てはいけない。大人では考えられない思考をすることを、エリセはアナのつぶらで純粋な目で見せつけている。
