「短気は損気。 トルコブチ切れ必至の出鱈目さを受容出来るか…というかしても良いのか?」ミッドナイト・エクスプレス たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
短気は損気。 トルコブチ切れ必至の出鱈目さを受容出来るか…というかしても良いのか?
ハシシ(大麻)密輸の容疑によりトルコの刑務所に収監されたアメリカ人青年ビリーが自由を掴むまでを描いた、実話を基にした脱獄映画。
脚本を手がけたのは後の巨匠、オリヴァー・ストーン。
👑受賞歴👑
第51回 アカデミー賞…脚色賞/作曲賞!✨
第36回 ゴールデングローブ賞…脚本賞/作品賞(ドラマ部門)/助演男優賞(受賞者:ジョン・ハート)/作曲賞!✨✨✨
第32回 英国アカデミー賞…監督賞!
第4回 ロサンゼルス映画批評家協会賞…作曲賞!
冒頭、ビリーはジャニス・ジョプリンが死去した事を恋人の口から告げられる。享年27歳、死因は薬物の過剰摂取だった。
小遣い稼ぎの感覚で薬物の売買に手を染めようとするビリーだが、その浅薄な行いは誰かの命を奪うかも知れない。違法薬物の危険性を改めて観客に伝えるとともに、彼の罪の重さとこの先の受難をわずか数秒のやり取りで暗示する。見事な描写である。
ちなみに、オリヴァー・ストーンは薬物依存に長く苦しんだ人物であり、60年代末にはヘロイン所持の罪状により、メキシコで逮捕されている。この時の経験が本作の脚本に活かされているのだろう。
白ブリーフ一丁になりハシシを体に巻き付けるビリーの姿は実に滑稽である。また、高鳴る心臓の鼓動が殊更大きく強調されており、彼の弱さと未熟さがこれでもかと描かれる。
家族に知られたくないという理由で逃亡を試みたり、毛布が欲しいという理由で拘置所の居室から抜け出したりと、とにかく彼の行動は短慮の一語に尽きる。
遊び感覚で犯罪に手を染め、考えなしに行動し、流されるまま刑務所で時を過ごす。幼さすら感じさせるビリーの人格は、刑期終了間近での無期懲役宣告という非情な判決により変化する。
怒りを露わにし、脱獄を実行に移し、卑劣な囚人リフキーを惨殺する彼にもはや以前の幼さはない。運命に立ち向かう1人の反逆者として、ビリーは生まれ変わるのである。柱の周りをグルグルと回る囚人たちをかき分ける様に、逆向きに周回を続ける彼の目には、戦う覚悟を固めた男の決意が宿る。その姿に感動を覚えたのは自分だけではないだろう。
クライマックス、脱獄の瞬間を迎えた彼の心臓は、冒頭と同じように激しく脈打つ。しかし、その鼓動には臆病さでは無く、怯えながらも前を向き進み続ける者の勇気が宿る。美しい円環構造で、この物語は幕を閉じるのである。
しっかりとした骨子を持った作品だが、脱獄の仕方については疑問も残る。『アルカトラズからの脱出』(1979)や『ショーシャンクの空に』(1994)など、脱獄映画の醍醐味は綿密な計画と準備の積み上げにこそあるのだと思うのだが、本作の脱獄描写はあまりにもラッキーパンチが過ぎるのではないだろうか?嫌な奴はみんな死んでくれるので、そこに対する爽快感はあるものの、努力と権謀術数により地獄から抜け出すという脱獄映画特有の気持ちよさが薄いという点については認めざるを得ないだろう。
なんのかんのと言ってきたが、本作最大の問題は映画内で描かれている出来事が事実と違い過ぎる点。「こんなことある訳ねーだろっ…」と思いながら観ていたが、やはりこんなことある訳なかった。
原作は1977年に発行された同名ノンフィクション。ハシシ密輸の罪で逮捕されトルコの刑務所に収監された点、刑期が延長された事で脱獄を決意し見事それを成し遂げた点は事実なのだが、それ以外のところはほぼ全て創作である。もちろん囚人も看守長もぶっ殺していない。…というか、刑務所内であんだけ殺人を犯したらもう麻薬とか関係なくアウトな気もする。
脱獄の仕方も、本作の様に看守になりすまして逃げ出したわけではない。マルマラ海のど真ん中にあるイムラリ監獄に収監されていた彼は、ボートを盗み出して嵐の中を突き進み、ギリシャへの亡命を果たしたのだ。
どう考えても史実の方がドラマチックだし面白くなりそうである。タイトルの”ミッドナイト・エクスプレス”感も、こちらの方が絶対に出ている。なんでヘボい方向に脚色してしまったのか、正直理解に苦しむ。
本作1番の問題はトルコの刑務所の描き方。この世の地獄の様な野蛮な場所で、拷問も強姦も当たり前。なんて酷いところなんだ!絶対トルコになんか行かねー!!
なんて、この映画を観ると思ってしまうが、この辺りも全部脚色。原作者のビリー・ヘイズが「いや、あんなんされた事ないし…」と発言している。
それだけならまだしも、「トルコには豚しか居ねーのに豚は食わねーのか!」など、人種差別とも取られかねないギリギリな発言や描写が頻出しており、今観るとかなりヤバい。というか、当時でもこの描き方はヤバかったんじゃないだろうか。本作公開から20年以上経った2004年、オリヴァー・ストーンはトルコの地を訪れた際、この映画でのトルコ人の描き方は不適切であったと謝罪している。やはり当人もやり過ぎたという自覚があったのね。
本作を観ると西洋諸国が持つイスラム圏への敵対意識の強さがよくわかる。オスマン帝国の脅威は未だ忘れられていない、という事なのだろうか。
いずれにしろ、今の観点からすると完全にアウトな作品である。こういう作品がアカデミー賞とか取っていたという事実には隔世の感があるが、イスラエルとパレスチナの戦争なんかもある訳だし、やはり全然世界は変わっていないのであった🌀
…看守長の死に方、どっかで見たことあるなと思ったらあれだ!「岸辺露伴は動かない」の「六壁坂」だ!
荒木飛呂彦!きさま!この映画観ているなッ!