劇場公開日 1957年6月19日

「シリアスを極めたサスペンス映画のヒッチコックの無駄の無い的確なモンタージュ」間違えられた男 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0シリアスを極めたサスペンス映画のヒッチコックの無駄の無い的確なモンタージュ

2021年7月21日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル、TV地上波

アルフレッド・ヒッチコック監督が、1953年のニューヨークで実際にあった冤罪事件を忠実に再現したサスペンス映画。実録に徹しているため、何時ものシニカルなユーモアは無く、シリアスな演出がより身近な恐怖心を誘い込む。それは恒例のヒッチコック監督登場の逆光を受けたシルエットのショットから、ラストの主人公家族の事件後の状況を説明するショットまで一貫している。テレビシリーズ「ヒッチコック劇場」を彷彿とさせる演出タッチだが、映画作品では珍しく特異な存在といえる。原作・脚本にルイス・マイルストン監督の「西部戦線異状なし」「雨」のマクスウェル・アンダーソンという人が参加しているのも、他に組み合わせが無いだけに目を引く。

この映画の見所は、カメラの視点が主人公クリストファー・マニー・バレストレロの視点の先を克明に描き、彼の追い詰められた心理をそのショットの積み重ねで表現しているところだ。見覚えのない事件で逮捕されてから、彼が何を注視して事の現実を受け止め怖れ慄いたかが分かるようにモンタージュされている。例えば、逮捕され車で運ばれるところで、両脇の警官に振り向くところ。無表情な横顔に、ただ葉巻を喫うショットなのだが、もうそこに彼の心理が込められている。初めて警察署に連れられてみる警察署内部の様子、独房に入れられて改めて見る椅子、洗面台、天井の隅、そして鉄格子。続く拘置所に向かう前の手錠のアップに、護送車の中の手錠を填められた手から他の逮捕者の汚れた革靴にパンするショット。それらは、無機質な物をただ映したショットに過ぎないが、主人公演じるヘンリー・フォンダの精気の無い戸惑いの表情の演技とモンタージュされることで生まれる基本的な映画演出の妙味になっている。その為、状況説明の場面以外はヘンリー・フォンダの顔のアップショットが多く、彼の計算された表情演技が作品を支えているし、観るものを同時体験させるに至るサスペンス映画になっている。映像の客観性と主人公の主観がバランスよく配置されたヒッチコックの力作と評価すべき映画であろう。また裁判シーンでは、オコナー弁護士が無効審理を要求し裁判のやり直しをするが、緊張感のない検事や落書きに熱中する者、時間を持て余す姉夫婦、そして気が緩んだ陪審員たちのマニーの視点のショットが並べられる。無罪にも関わらず、ひとり孤独な状況に置かれているマニーの描写として、原作・脚本が事件の本質を追求した証拠になる場面だ。この脚本・演出により、全体としては無駄なショットがない理路整然とした編集が特徴の簡潔な映画文体の見本のような映画であり、娯楽映画の楽しみが限定された、ある意味映像づくりのプロが参考にすべき技術的な楽しみがある。マニーが自宅アパートの玄関のドアを閉めるところのショットで、カメラは彼の後ろから撮るがドアを通り越して部屋に入る。マニーがドアを閉める音だけで表現したシーンが二度ほどある。部屋から切り返して撮るのが定石だが、この表現で沈痛な面持ちのマニーの心理を持続して描いている。ここにカメラを駆使した、カメラが作者のペンになったテクニックが表れている。そしてそれは、刑務所の個室に入り込むカメラが、終始マニーの顔を捉えて、釈放を言い渡されるショットの印象的な技巧にも効果的に使われている。

地球上には自分にそっくりの顔と体型を持った人が三人いると言われるが、そんな人が身近にいて尚且つ犯罪を犯して行方知らずなら、いつ自分に嫌疑が掛かるとも分からない。否そんなことはあり得ないと、どこかで安心しているのが普通の人間であろう。人相と筆跡と被害者の確信のない証言だけで有罪になってしまうなんて、現在の捜査基準では考えられない。そんなことを色々思いながら見て、でも一番怖いのはマニーの無罪が証明されても直ぐに回復しなかった妻ローズの精神的病だ。映画は、この敬虔なクリスチャンの良妻賢母のローズが、夫を信じきれないで疑う自分の罪に押し潰される女性の姿もリアルに描き出している。「捜索者」「サイコ」の活発で意気盛んな女性とは違う、繊細な神経を持ったローズを演じたヴェラ・マイルズの地味ではあるが確かな演技もいい。民事専門の何処となく頼りない弁護士オコナーを演じたアンソニー・クエイルも彼らしい個性を出している。撮影当時51歳のヘンリー・フォンダは38歳のマニーを演じている。この年の差の違和感がありながら、演技はそれを克服して見事にマニーになり切っている。正当に評価されない俳優人生だった人だが、この演技はフォンダの代表作の一本に挙げてしかるべきと思う。

Gustav