劇場公開日 1957年6月19日

「ヒッチコックからのヌーベルバーグへの回答」間違えられた男 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ヒッチコックからのヌーベルバーグへの回答

2019年2月21日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

悪者は警察であり世間で前半展開される
主人公はあくまでも善人であり普通人だ
しかも犯人に間違われても逃げないし暴れない
圧倒的な権力になすがままだ
倒錯した逆さまのフィルムノワールとも言えようか
しかし、ヒッチコック作品らしく無いようで、ある意味強くヒッチコックを感じさせる強いサスペンスを感じさせる

それは冒頭からヒッチコックが逆光の影となってステージに現れて予告する事から始まる
カメオ出演で有名な彼がそれを諦めたと宣告している
そんなちゃらけた物語では無いと

そして、強盗犯に間違えられた男は、突然警察に連行されなすがまま容疑者に仕立てられ、ところてん式に機械的に拘置所に収監されてしまう
カメラはその様子を克明に記録的に撮っていく

拘置所の独房に入れられ鉄扉が閉まる
その覗き窓にカメラは寄り、独房内で放心する主人公を捉える、さらにカメラに向かって歩みより覗き穴から両目だけを超アップ一気に撮影してしまうシーンの物凄さは特筆ものだ

その妻を待ち受けるストーリーも後半に展開される
夫の無実を信じていながらも、こんなことになったのは妻である自分が至らないからだと言いだすのだ
彼女の心の奥底では、実はもしかしたらと微かに疑っている
もしそうなら、そんなことをさせたのは自分のせいだと責めているのだ
それ故にアリバイを証明する手立てが尽きそうになった時、妻の心が折れる
暗がりの逆光の中で暗くて見えない彼女の顔の目が恐ろしい程の光を一瞬だけ反射して、何かが彼女の心の中で起こったことを表現したシーンは凄まじいもので鳥肌がたった
いつまでも記憶に残るシーンだ
これ程の心理的描写はヒッチコックには珍しい

さらに音楽だ
バーナード・ハーマンの音楽が恐ろしいまでに冴え渡り最高の効果を挙げている
特にミュートしたトランペットとウッドベースのシンプルな曲が前半多用される
このクールジャズを思わせるような曲がヌーベルバーグでのフィルムノワール感を否応なく高めている
もちろん主人公が有名クラブの専属バンドのベーシストであることにかかっている
トランペットは戦慄と恐怖を、ベースは不安を奏でているのだ

ラストシーンは陽光明るいフロリダの光景が映りテロップによって一応はハッピーエンドでこの物語は終わると示されるのだが、その前のシーンがあまりにも重く作られており、これが本当のハッピーエンドとはとても言えないものであることを余韻に深く残す見事な構成だ

冒頭と終盤に主人公の演奏している曲が妙に明るい快活なダンスミュージックなのは本作の内容があまりに重すぎるからバランスを取っている計算なのは明らかだ

ピーター・フォンダの名演技が光る
彼はスターではなく夜に働く普通の父親にきちんと見える
最後まで怒鳴りもしないし、走りもしないし、手を上げることもしない、感情を抑えた表情や態度ばかりのそんな主人公でありながら、私達の目は彼が映るだけでずっと釘付けになっている

妻の役のヴェラ・マイルズも先のシーンをはじめ繊細な心理描写を巧みに表示してみせて素晴らしい

1956年のNYの街の様子もカメラに活写されている
冒頭、主人公が演奏するクラブは当時実在したストーククラブという店だ
当時、超高級で超の付くVIPだけが入店できるとクラブとして世界的に有名であった店だ
例えばヘミングウェイやマリリン・モンローやジョージ・デマジロが通うような店だ
その店の様子を伺えるだけでも観る意義がある

主人公はその専属バンドのベーシストであるわけだからなかなかの腕前と言うことになる

本作はヒッチコック作品としては異例の作風かも知れないが、ファンなら絶対に観ていなければならない作品だろう

あき240