劇場公開日 1989年7月29日

「【96.5】魔女の宅急便 映画レビュー」魔女の宅急便(1989) honeyさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 【96.5】魔女の宅急便 映画レビュー

2025年12月6日
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鑑賞方法:DVD/BD

本作の完成度は、極めて高い次元でバランスを保っている。原作の角野栄子の児童文学が持つ温かみと自立へのテーマを尊重しつつ、宮崎監督特有の、空を飛ぶことへの憧憬と現実の厳しさ、そして少女の心象風景を繊細かつ雄大な映像世界へと昇華させた手腕は、まさに名人芸と評するに値する。13歳の魔女キキが故郷を離れ、見知らぬ港町コリコで自立の第一歩を踏み出す物語は、彼女が遭遇する喜び、戸惑い、そして深いスランプといった心の機微を、魔法の力の喪失というメタファーを通じて描き切っている。特に、最終盤における、力を取り戻したキキが一瞬の判断でトンボを救出する場面は、精神的な成長の克服と、現実世界への能動的な関与を象徴しており、物語の結実として感動的である。全編を通じて、無駄な描写は皆無に等しく、細部に至るまで物語のテーマが貫かれており、一つの芸術作品としての統一感を保っている。この「成長の物語」は、普遍的な青春の断章として、世代や国境を超えて鑑賞者に共感を呼び起こす、稀有な傑作である。
監督・演出・編集
宮崎駿の演出は、空への偏愛と、緻密な生活描写のリアリティが見事に融合している。特に、キキがホウキで飛行するシーンのスピード感と風の表現は、観客を文字通り作品世界へと引き込む臨場感を生み出している。これは、アニメーションでありながら、身体的な感覚を呼び覚ます卓越した演出である。港町コリコの街並みは、北欧や地中海沿岸の都市を想起させる架空の美しさを持ち、その異文化的な風景の中でキキの孤独と奮闘を際立たせる効果をもたらしている。編集は、物語のテンポを巧みに操り、キキの明るい旅立ちから、都会での疎外感、スランプの静謐な描写、そして劇的なクライマックスへと、感情の起伏を淀みなく繋いでいる。特に、スランプの描写は、台詞ではなく、キキとジジの間に流れる沈黙や、絵描きのウルスラとの交流を通じて、観客にその重みを体感させる、抑制の効いた見事な演出である。
キャスティング・役者の演技
本作のキャスティングは、主要な役柄において、声優の個性が役柄のイメージと完全に合致している点で成功している。
高山みなみ(キキ/ウルスラ)
主人公キキの瑞々しい感受性と、自立への迷いを、高山みなみは驚くべき表現力で体現している。13歳の少女特有の無邪気さと、新天地での孤独や不安からくる内省的な感情の揺れ動きを、声のトーンと息遣いの変化のみで表現しきっている。特に、魔法の力を失い、親友である猫のジジの言葉が聞き取れなくなるシーンの、心の深い部分から湧き出るかのような静かな絶望感は圧巻であり、観客の胸を締め付ける。また、二役を演じた絵描きのウルスラとしての、達観した大人の女性の響きは、キキのそれとは対照的であり、一つの作品内で二つの異なる魅力を提示し、作品の深みを増している。高山の演技は、単なるキャラクターへの声の提供を超え、キキという人格そのものを構築していると言えよう。
佐久間レイ(ジジ)
キキの相棒である黒猫ジジを演じた佐久間レイは、その愛らしくもどこか飄々とした声で、キキの話し相手として重要な役割を担っている。初期の、キキに対して冗談を言ったり、からかったりする茶目っ気のあるトーンから、キキのスランプ期には、言葉を失うことで、キキの精神状態を反映する鏡のような存在へと変化する。その演技は、ユーモラスであると同時に、キキの精神的な成長の過程を象徴的に示す重要なファクターとなっている。
戸田恵子(おソノ)
キキが居候するパン屋「グーチョキパン店」のおかみ、おソノを演じた戸田恵子は、その温かく包容力のある声で、見知らぬ土地で不安を抱えるキキにとっての「母なる大地」のような存在を見事に演じている。多くを語らずとも、キキを信頼し、見守る優しさと、肝っ玉の座った女性の力強さを表現しており、都会生活における人間関係の温もりを体現している。
山口勝平(トンボ)
キキに好意を寄せる少年トンボを演じた山口勝平は、その快活で情熱的な声で、未来への夢と空への憧れを持つ等身大の少年像を創出している。キキに対して無邪気に接する明るさが、時にキキの自尊心を傷つける結果となるが、彼の根底にある純粋な心は、クライマックスでの危機的状況においてキキの力を呼び覚ます鍵となる。彼の演技は、キキの思春期の人間関係における「他者」の存在の重要性を際立たせている。
加藤治子(マダム)
クレジットの最後近くに登場するものの、強烈な印象を残すのが、老婦人マダム役の加藤治子である。その品格と落ち着きに満ちた声は、キキに仕事の依頼をする老舗の顧客としての威厳と、キキの不器用さを受け入れる優雅な知性を完璧に表現している。彼女とキキの交流は、世代を超えた「魔女」としての共感と、プロフェッショナルとしての誇りをキキに教え込む重要な場面となっており、加藤の演技は、作品に深みのある色彩を与えている。
脚本・ストーリー
角野栄子の原作を基に宮崎駿が脚色した脚本は、一見すると大きな事件のない日常の積み重ねに見えるが、その実、思春期の少女の繊細な心理的葛藤を緻密に追体験させる構造を持つ。物語の核は、魔女という特殊な設定を借りた、普遍的な「自立」と「孤独からの脱却」、そして「才能の限界と再構築」である。魔女修行という名目で家を出たキキが直面するのは、自己存在の証明という、誰しもが通る青春の試練である。魔法が使えなくなるというスランプの描写は、才能や個性の喪失という、現代社会を生きる若者にも通じる普遍的な不安を象徴している。この内省的な物語を、ファンタジックな外衣で包み込むことで、より広く深い共感を呼ぶことに成功している。
映像・美術衣装
美術監督の大野広司による背景美術は、本作の最大の魅力の一つであり、架空の都市コリコを、圧倒的なディテールと色彩で描き出している。北欧的な石造りの家並み、美しい海の色、そして豊かな緑は、作品に詩的でノスタルジックな雰囲気を付与している。キキのシンプルな魔女の衣装である黒いワンピースは、彼女の未熟さと、新しい街での浮遊感を象徴しており、他の色彩豊かな人々と対比されることで、その存在感を際立たせている。映像全体の色調は、温かみのある光に満ちており、物語の主題である「優しさ」と「希望」を視覚的に表現している。
音楽
久石譲による音楽は、物語の感情的な流れと完全に同調し、作品の詩情を豊かにしている。その軽快でメロディアスなスコアは、キキの旅立ちのワクワク感や、空を飛ぶ爽快感を盛り上げると同時に、スランプ時の静かで内省的な場面では、ピアノの旋律がキキの心の空虚さを表現する。主題歌として採用された、**荒井由実(現・松任谷由実)の楽曲は、この作品の文化的アイコンとなっている。オープニングの「ルージュの伝言」は、1970年代の日本のポップスでありながら、キキの旅立ちの高揚感を完璧に表現し、エンディングの「やさしさに包まれたなら」**は、旅を終えて一歩成長したキキを優しく見守るような温かい余韻を残す。この音楽選定は、作品のノスタルジーと青春の輝きを際立たせる、宮崎監督の卓抜なセンスの現れである。
受賞歴
本作は、国内外の主要な映画祭で高い評価を受けている。特に、第13回日本アカデミー賞において、話題賞(作品部門)を受賞し、さらに毎日映画コンクールではアニメーション映画賞に輝いている。また、キネマ旬報ベスト・テンの読者選出日本映画ベスト・テンで第1位を獲得するなど、批評家だけでなく、一般観客からも圧倒的な支持を得た事実は、本作が単なる興行的な成功に留まらない、芸術性と大衆性を兼ね備えた傑作であることを証明している。
総じて、映画『魔女の宅急便』は、技術的な洗練、物語の普遍性、そして心の機微を捉えた演出の全てにおいて、日本アニメーション映画史における金字塔の一つとして、今後も長く記憶されるべき作品である。
作品[Kiki's Delivery Service]
主演
評価対象: 高山みなみ
適用評価点: A9
助演
評価対象: 佐久間レイ, 戸田恵子, 山口勝平, 加藤治子
適用評価点: B8
脚本・ストーリー
評価対象: 宮崎駿 (脚本), 角野栄子 (原作)
適用評価点: S10
撮影・映像
評価対象: (担当者表記なしのため空欄)
適用評価点: S10
美術・衣装
評価対象: 大野広司
適用評価点: S10
音楽
評価対象: 久石譲, 荒井由実
適用評価点: S10
編集(減点)
評価対象: 瀬山武司
適用評価点: -0
監督(最終評価)
評価対象: 宮崎駿
総合スコア:[96.53]

honey