ブレードランナーのレビュー・感想・評価
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本作の問いは映画を超えて現代社会のものになった
2017年に改めて観直すと、大変に先駆的な問いを投げた作品だと感嘆させられる。というよりも原作者フィリップ・K・ディックが提示した課題を後進の人間が一生懸命にそれを実現させようとしていたのか。ともあれ、1982年の作品とは思えないほどに今日的な題材とテーマだ。
レプリカントと呼ばれるアンドロイドに心は宿るのか、人との間に愛は生まれるのか、そもそも人とアンドロイドに違いはなんなのか。SF作品の問いとして普遍的なものになったこれらのテーマは、すでに現代社会ではこれからの人間のあり方についての先鋭的な問いでもある。
やつらは人形だと機械的に処刑判断を下す人間に対して、ルトガー・ハウアー演じるレプリカントのロイはなぜデッカードを見逃す情に目覚める。人間らしさとは何か
このバージョンのエンディングは未来への希望を感じられて特に好きだ。
愛の解らないAIは電気羊の夢なんか見られない❤残念でした。
「特権階級が、自分たちに都合の良い労働力を確保するために、ある集団から『人間性』を奪い、家畜化する」と言う歴史をこの映画で語ったと言う事。
レプリカントとか言ってAIに人間の感情が生まれ、その退廃した文化と言う解釈はお門違い。
この描かれている世界は正にこの当時に於かれたアメリカの文化。つまり、黄禍論なのだ。ロサンゼルスと言うが、多くは日本の広告が蔓延した、暗くジメジメしたディストピア。
ここではLAだが、NYのタイムズスクエアの広告も日本企業が満載だったと記憶する。
アメリカ合州国国民だけでなく、コーカソイド系の人々が日本の動きに一喜一憂していた時期なんだろう。
今は日本の広告なんかニューヨークにはない。全くない。
追記
人種隔離政策や、繰り返して来た宗主国の現地民に対する横暴をレプリカントで描いている。僕はこのROOTSは鉄腕アトムにあると思っている。
アトム今昔物語を読む事を勧める。
フィリップディック
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の原作が出版される一年前に「アトム今昔物語」は発売されている。
アトムはエネルギーが切れて人形の様になってしまう。凄いなと思った。つまり
ROOTSは反ベトナム戦争にある。
プランテーションと言う文化を熟知すると良いんじゃない。インドに於ける紅茶、カレー粉、
で、さらに
コーヒーとか、大麻とかね。
そして、
ケシからアヘン戦争へと。
人間を超えられるのか? 人間性とは何なのか?
表題の主題は「2001年宇宙の旅」@1968以降、最近の「エイリアン:アース」@2025に至るまで、多くのSF作品で変奏されながら反復されていますが、その系譜の中での重要なマイルストーンが本作@1982。
【問】 人間、あるいは模造人間は、人間を超えられるのか? 人間性とは何なのか?
原作者のフィリップ・K ・ディックは本作の公開直前に他界していますが、彼なりの答えを用意していてそれは、
【答】 人間であるとか模造人間であるとかの区別は本質的ではなく、人間であれ模造人間であれ、「親切」であるかどうかが大切だ。
人工知能が人間を超える・超えないとか、不死性であるとか賢さであるとか、機能的な優劣に関心が向かいがちなのかもしれませんが、ディックの答えはシンプルです。
シンギュラリティのその先、もしもアンドロイドが総じて人間より親切だということであるなら、人間性という言葉はアンドロイド性という言葉に置き換えられるかもしれませんが、ディックの答えでは、それは人間性の否定ではありません。
・・・
以下、幾つかの追記。
1) 「スター・ウォーズ」@1977でコミカルなアメコミキャラを演じたハリソン・フォードは本作で一転、フィリップ・マーロウのようなキャラ(非情だが少し優しい)を演じきっていて、当時から役作りの幅の広さを感じさせます。
2) 原作では主人公デカードが、“アンドロイドは電気羊の夢を見るか?”と自問するシーンの後、アンドロイド/ヒロインのレイチェルに「バーボン」を薦めらていますが、本作でのデカードはなぜか「ウォッカ」を独りで痛飲しています。
3) 終盤での主人公デカードと反逆レプリカントのロイの対決シーン。ロイはデカードの命を反射的に救ってから寿命を迎えます。延命に執着していたロイが、人間性の一瞬の閃きをみせた時、全てが手遅れになっているというのは、シェークスピア的な悲劇性です。
4) デカードとの対決シーンの前に、ロイはレプリカントの創造者であるタイレル博士をその「眼」を潰しながら殺害し、対決シーンの後、自らの胸にある「鳩」を解き放ちます。図象的には、眼は「父」、鳩は「精霊」を意味するので、ロイを含めての「三位一体」の関係と「神殺し」が隠喩(メタファー)されていると見てよいでしょう。
当時フィリップKディックの作品が映画化された聞いて輸入版のレーザー...
アンドロイドもヒューマンも、電気羊の夢をみられるような気がします。アクは強いですが、決して後味の悪い作品ではなかったかも。
家庭の事情にて、映画館に行けておりません。・_・;
(そろそろ行けるかも な予感もしてます)
「バレリーナ」で初めて観たアナ・デ・アルマスの
過去の出演作が気になり検索。その中で観てみたいと
気になった作品が「ブレードランナー 2049」。
「ブレードランナー」の35年後を描いた続きのお話とか。
観た記憶があるような気が。…しかしおぼろ気。
ならば過去のお話を復習してから観ましょうか。
と、いう訳でこちらを鑑賞することに。
※過去に観たハズなのですが、はたしてどの程度
覚えているものやら。…すごく心配。
未来感と下町感が融合したような世界。
複製人間(レプリカ)の社会進出
精巧なレプリカは人間との見分けが困難。
その一部のレプリカによる人類への反逆。
それを鎮圧するために指令を受ける男。
昔はレプリカを始末する専門家だった らしい。
その他、主人公(ハリソン・フォード)の過去については
多くを語られない。
反逆者=レプリカは4人。
地球に降り立ったレプリカの抹殺を命じられる主人公。
思いの外、泥臭さのある展開。
感情を持ち、懊悩する人造人間。
寿命の短さへの恐怖。
異性に対する恋愛感。
感情を持つに至る人工の生命は、もはや
人間となんら変わらない。
レプリカと戦う中で生まれる葛藤。
なぜ戦う?
なぜ殺す?
レプリカはもう一人居た。
自分を人間と思っていた若い女。
主人公に寄せる好意。
彼女はどうする?
殺すのか?
レプリカだから?
◇
戦いの終わらせ方が良い。
単なる勝利とか、絶望とかではない。
観る側にテーマを投げかけている そんな気がする。
命とは?
生きるとは?
想像以上にメッセージ性の強い作品でした。
◇
シルバーメタリックな世界とのイメージがあったのが
実際にはプラックナイトな世界感でした。私の記憶って…・_・:
☆映画の感想は人さまざまかとは思いますが、このように感じた映画ファンもいるということで。
素敵な終わり方
オリジナル版です。
ガフの折り紙(チキン、勃起した男、架空の生き物ユニコーン)の意味を考えるのも面白いですし、ただ映像とBGMの美しさに浸っているだけでも楽しめます。
クライマックスの雨の中での決闘シーンで、ハトが飛んでいく時に一瞬青空になり雨が止んだのかと思いましたが、おそらく晴れたように見えたという演出だったのでしょう。ラストの飛行中も青空でした。
敷居が高い印象でしたが、単純明快なプロットで、だからこそ映像をじっくり見る余裕がありました。
監督の拘りとコアなファンの要望により、需要と供給の関係で、沢山のバージョンが存在します。
デッカードとレイチェルが幸せそうな顔で どこかへ向かう素敵な終わり方で好きです。鑑賞後には満足感もありました。
限りある生命の輝きについて・・・
1982年の作品。近未来を描いたSFだったんだけど、舞台設定の2019年は、過去の話になっちゃったんだよね。空飛ぶクルマは、いまだに一般化されてません。
さて本作品は、SFのカリスマ的な名作にあげられてますが、何しろバージョンが多い。
「インターナショナル完全版」とか「ディレクターズ・カット版」とか、ちょっと前に公開された「ファイナルカット」なんてのもありました。
まぁ、人それぞれで好き嫌いはあるんでしようが、今回は久しぶりに「オリジナル劇場版」を見直してみました。記憶にあったグロい部分(目潰し)がカットされてました。
役者さんもみんな若いですね~。
ハリソン・フォードもさることながら、ルトガー・ハウアーも懐かしい。この荒々しさが結構好きでした。
【ネタバレ】
レーチェル(レプリカント)との儚い恋愛ストーリーという見方で、逃避行のハッピーエンドになってるんですね。この終わり方も嫌いじゃありません。
とは言え、レプリカント狩りがやっぱり印象深いですね。ロボット?ではあるが、人に近いことから殺すことに罪悪感を持ってしまう・・・
敵に命を救われるのも、意外な展開かな。
ストーリー的には、ちょっと哲学っぽいと言おうか、難解ってイメージがあり、生と死について考えさせられます。
レプリカントの逃げ出した理由にしても、4年間という短い寿命を解消させることが目的だったんじゃないかな。愛し続けるために・・・
また、この作品における未来の風景は、今見ても全然色落ちしていない。むしろ、あの時代にこれだけの作品が作られたってところで、感心してしまいます。画的にはホンっと素晴らしいの一言です。
それから、見るたびに感心してしまうのが、エンディングの音楽。テレビで災害番組のスペシャルの際によく耳にします。実に緊迫感のある響きですね。
最後に余談ではありますが、一つの映画に様々なバージョンが存在することが大っ嫌いです。元々、リメイクもあんまり好きじゃありません。
自分の中で、その作品は思い出であり、当時のことを思い出させる大事なパーツでもあるわけですが、複数の作り直しによって思い出が汚される気がします。
まぁ、あくまで個人的な見解ではありますが・・・。
世界観構築の天才
0216 アンドロイドは夢を見るの?
1982年公開
2019年の荒廃した世界、というわけでもない
酸性雨だらけのロスにてリドリースコットの世界観爆発。
当時うどんがロスでも販売していたことに何故か狂喜。
四つくれ!ふたつで充分ですよ!
と日本語が飛び交う所もね。
しかし未だに本作のテーマが理解できない。
そんな頭の中にバージョン違い、とか言われてもさっぱりわからん。
あー友人の映画評論家に知られたら絶交されるな。
ハリソンフォードは走ってるか悩んでいるかどっちかやな
70点
◆友人が映画解説動画始めたのでよかったら見てくださいね
その第三弾が本作「ブレードランナー」です。
「mocの細かすぎて伝わらない映画の話」で検索
最後だけ良かった
金字塔
なぜ今更レビューするかと言うと、満点作を語ってみたかったから。もし若い映画好きで未見の方がいたら、教養として鑑賞して欲しい。SFの枠を越え総合芸術たる映画の金字塔のひとつだから。「架空の世界」の表現手段は、小説や漫画などがあるが、光と動きを伴うビジュアルと音を用いることができるのが映画。(演劇は物理的制約が大きくアニメは絵である以上現実と地続きになれない)そこで創作者が頭の中で思い描いている世界観を完全に表現して見せたのが本作である。妥協はそのままチープさに繋がる(逆手に取ったのがパペットやプロップが魅力となった初期スターウォーズ)ので、制作時期を考えるとその拘りはもはや異常。もちろんストーリーや俳優陣の仕事ぶりも秀逸。残念なのはあまりにも多くのクリエイターが本作の影響を受けすぎていて、初見なのにすでに「どこかで見たことがある」表現になってしまうこと。あの衝撃は我々老いぼれだけが得た特権だ。補足するとデザイナーを務めたシド・ミードの存在も極めて大きく不可欠だったと思う。ちなみに「ブラック・レイン」では見なれた阪急梅田広場がリドリー・スコットにはああ見えるのかと唸ったものだ。まさに鬼才である。
新しい視点に邂逅する上質なSF映画
感想
初鑑賞当時、映画のテーマの深淵さを一回観た位ではよく理解できず評価が定まらなかった記憶がある。ビデオを借りたり、後々DVDが普及するに至り繰り返し鑑賞する事で革新的な、『創造された命に心は宿るのか?』という話の真意を想い、全ての描写に深い意味がある事を理解した時に、この映画が原作を超える名作である事を確信した。
映像◎
現在ではほとんどクラシックとも言える映像構成とシド・ミードなどの未来工学デザイナーに依頼した本格的な近未来設定の世界観と美術は、その後の映像制作者たちに多大な影響を与えた。ダグラス・トランブル制作、渾身のオープニングやスピナーの映像は感動もの。
音楽◎ヴァンゲリス
哀愁に満ちたアンドロイドの心が音楽とシンクロしているようで、近未来の世界の雰囲気を際立たせている。
脚本・演出◎
アンドロイド視点の描写が素晴らしい。アンドロイドを見分ける、ヴォイト・カンプフテストの話。写真や記憶を大切にするアンドロイド。とりわけ、ロイ・バッディ、自らの寿命がもう尽きることを意識した上で、デッカードに語る。
『俺は貴様ら人間が、想像もできないものを
見てきた...(中略)。それらの瞬間も全て失われる。
その(死の)時がくれば、涙のように、
雨に洗われるように。...その時はきた。』
戦闘用アンドロイドが自身の死を迎える虚しさと全ての生命に対する、憐れみを持った事をデッカードが悟ったと感じられる場面が秀逸であり感動する。
初鑑賞日、1982年7月23日
渋谷パンテオン
本作は、1982年、初上映時には映画関係者、一般観客の間では結して高い評価は得られてなかった作品であった。
当時のハリソンフォードはアクション映画俳優として絶大な人気を博していた。80年代、出演する映画が全てヒットしていた事は皆さまご承知の通り。
世界的なSFブームもあり、70年代に20世紀FOX映画の重役で『スターウォーズ』、『エイリアン』の制作にゴーサインを出し、会社に多大な利益を持た
らせる事に成功した、アラン・ラッド・ジュニア(『シェーン』のアラン・ラッドのご子息。)がプロデューサーとして独立し、第一作『アウトランド』に続き製作投資の統括をした作品が本作である。投資家たちはSFものでハリソン・フォード主演と謳えば、大ヒット間違いなしとして、膨大な製作費用を『エイリアン』で成功したリドリー・スコット監督とその映画スタッフたちに投資した。
ところが監督は映画投資家達の期待とは全く逆のアクション映画とは程遠い、深い深淵な問題となりうる人造人間(アンドロイド)の創造と、その創造された人間に心が存在したらどうなるのか?という難解な問題をテーマとしたハードボイルドな原作を選び制作していく事になる。
アラン・ラッド・ジュニアは投資的視点から大胆な賭けとも言える本作の内容に、最初は難色を示していた。しかし、監督達の強い熱意と、かつ人間の視点ではない、人造人間視点で展開する稀有な新しいストーリー展開に納得したとされる。
本作は興行的には当初苦戦し、ラッドカンパニーの経営が傾いたという話を聞いている。数年後、一部の熱狂的なファンの間で、カルト的な人気を博し、作品の評価が上がったため、会社は奇跡的復活を遂げる事になる。
35年後、『メッセージ』のドゥニ・ヴィルヌーヴ演出で、続編である、『ブレードランナー2049』が制作された。
⭐️4.5
門前の小僧習わぬ経を読む
不幸にして一度も通してきちんと見たことがない映画。それは、当時自分がレコード店で働いており、店頭サンプルとして、常に『ブレードランナー』のレーザーディスクがリピート再生されていたことによる。
もともと、『スターウォーズ』のような爽快な娯楽大作が好きで、このようなハードSF路線はとっつき難かったのもあって、一度も、仕事の手を休めて思わず画面にくぎ付けになることなく、それでいて内容はきっちりと頭に入っているという、まさに「門前の小僧習わぬ経を読む」状態。
一部の熱狂的なファンが、何度も劇場に足を運び、のちにディレクターズカット版などのバリエーションをいくつも発表し、疲弊していった作品性を、つねに斜めに見ていた。好きか嫌いかは、第一印象でほとんど決まっていたのだ。
見方によってはどうにでも解釈できるエンディングも含み、いまだにちゃんと見る気になれない一本。ちなみに『2049』は劇場で見て、なかなかのお気に入りになった。最新の映像の進化に、想像力を刺激されるのがたまらない。
原作を忠実に再現。
古き良きSF映画
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