ファイト・クラブのレビュー・感想・評価
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ワークアウトは自慰行為だ 男は自己破壊を
SE7ENを観たのでブラピ繋がりで鑑賞。中盤辺りから少しずつ違和感を覚え始め、終盤では答え合わせのように真実を告げられ主人公の行く末をハラハラしながら見送る事に。
物質的にみれば満たされた生活。でもそれは表面だけであり、死にかけの人間を眺めて安心するような脆いもの。タイラーに出会い、自分の中に眠る男性的な側面に向き合い始める。自己破壊こそ正義だと。
考察をいくつか見て1番しっくり来たのは、「マーラを愛することで自分の女性的な面と向き合った」という考察。
この映画は風刺画的な側面もあるのでは?と思った。だから誇大的な表現が多い気がする。宗教的な程に主人公を崇拝するスペースモンキー、暴力的な思考の行く末は自殺、崩壊…とか。
2度目 1度目ほどの衝撃はないけど面白い 欲にまみれてきたりこの映...
2度目
1度目ほどの衝撃はないけど面白い
欲にまみれてきたりこの映画を観た時の気持ちを忘れそうになった時に観るとすっきりとする
しがらみから少し解放してくれる救いのような映画
女には絶対分からない世界なのが上手い
ケンカを避けているとか暴力的な衝動とか
「すべてうまくいく 出会いのタイミングが悪かった」
この台詞が最高に良い
ちゃんとした自分でハッキリと話した最初の言葉みたいな所が
これからエドワードに待ち受ける運命なんて絶望感しかないのに晴れやかですっきりと、しっかりとしている感じが何故か上手くいく気にさせてくれる
BGMも相まって最高のラストシーン
びっくりした。
腰がぬけました。
テーマは消費主義でうんざりからの自分探し 反暴力 自己破壊は行き過...
デビッド・フィンチャー監督の華麗な左ストレート
以前に「セブン」のレビューでも書いたけど、監督のデビッド・フィンチャーが大嫌いだった😮💨
人のデリケートな部分を塩付きの爪楊枝で刺すかの作品がどうにも気に入らなかったからだ💨
「セブン」のレビューに彼女と喧嘩したエピソードを書いたが、あの映画が公開されてた時点ではマ王は監督としてデビッド・フィンチャーを認めてなかったのである😤
だから、懲りずに「ファイト・クラブ」なんて映画を作りやがって、と公開初日にケチを付けてやる気満々に腕を捲くって映画館へ赴いた次第だった😑
昔はそういうワケの解らん正義感を引っ提げて生きていたのよ💦
で、映画館で食らったのは反対にデビッド・フィンチャーからの見事なパンチだった👊
ほぼほぼ完璧なストーリーと先の読めない展開、ブラット・ピット、エドワード・ノートン、ヘレナ・ボナム=カーターの狂気の演技が融合して稀に見る名作となっていた✨
デビッド・フィンチャー監督が嫌いだったからマ王は腐すタイミングを見計らっていたんだが、悉くカウンターを頂き最後は美しい左ストレートを貰って139分後にマ王TKO負け🌀
以降、デビッド・フィンチャーが新作を作る度に映画館にせっせと足を運んでいる😅
手のひら返しと言われそうだが、彼の作品は今でも粗も波もあるのを否めない🫤
「ゾディアック」は確かに面白かったけど「ゴーン・ガール」はマ王的には「いや、そういうもんだろ」としか思えなかった(胸クソ悪い映画に挙げられてたけど)
最近は映画の宣伝も巧妙になり、いよいよ外からは良作と駄作の区別がつき難くなっている😶
このサイトでも【ネタバレ】のレビューが目立つけどしかし、我こそは映画好き、というのなら映画館で映画を観てから歓喜や後悔をすれば良いだけなのだ🤔
そもそも感想なんてのは個人差が著しいからして他人の評価で観る観ないを決めてはアカンと思うのよ、マ王としては😬
ちなみに「ファイト・クラブ」は女子にはウケが悪い🥸
デート向けの映画ではないという事だ👍
映画館での鑑賞オススメ度★★★★☆
この映画はネタバレ止めて度★★★★☆
ネタバレしても理解出来ないわ度★★★★☆
【これぞ見る劇薬。だが一時的なもの。】
※ネタバレを含みます※
僕自身、ネタバレ等を危惧し、あまり事前情報は入れず、名前から連想できる暴力的映画なのか?と予想して、鑑賞に臨みました。
暴力シーン等で奮起しない自分にとっては、途中迄の鬱々としたシーンの数々が退屈に感じましたが、主人公『ジャック』が、もう1つの自分『タイラー』に気づくシーンで思わず声が漏れてしまいました。
確かに、作中で「おや?」と不思議な感覚に襲われるような伏線シーンは多く盛り込まれていましたが、まさか『タイラー』が主人公の別人格とは、驚きました。
ですが、別人格とは説明付かないくらいタイラーが剥き出されすぎてて、少し違和感を持ってしまいましたが、全然目を瞑れる範疇なので、そこは無視します。
今作は、社会風刺映画と言われ、消費社会や、人々が物体に操られているように、物体で個々を着飾っている社会を皮肉った映画だと思うのですが、それにしても暴力と紐付けるのは少し無理があるのかなと思ってしまいましたね。
まず、暴力(ファイト)に関しては、人を痛め付けるのが目的ではなく、自分をいたぶり生を実感するという事に関しては一貫していたので良かったです。が、社会に鬱屈とした感情を抱いている男達が、“殴り合う”という事で何か開放感に似たものを感じているのだとしたら、非常に薄っぺらく感じますね。
それに、『ジャック』の「彼の名前はボブだ」という意見に、それまで『ボブ』を人として扱っていなかった『タイラー』の信者達が、流されたように、口々に貫いてきた芯を曲げるシーンは、非常に滑稽で面白かったです。
「校風なんかに従うかよ〜!」と言って暴れるヤンキーのようにも見えました。もしかすると、この“馬鹿げた皮肉”を意図的に演出しているのかもしれません。
それにしても、作中に散りばめられたサブリミナルや、タイラー演じるブラピの無骨さは、何処か男の厨二心を刺激されますね。あぁ成れたらいいなと誰もが思いそうです。
他の方々も仰られている通り、『消費社会』を皮肉っているわりには、映画製作で多額のお金を使っていたり、今作をブランド的に利用し、社会を達観した気になっている鑑賞者も多い点を考えると、今作もただの『消費映画』のようにも感じますね。
現実でスーパースターのブラピが「着飾るのなんてクソだぜ!」みたいな発言してる事自体、皮肉なのでしょうか。考え過ぎですかね笑
ネタバレ禁止の『真実の行方』で好演したエドワート・ノートンが主役
何度も観てると‼️❓色褪せていく心象風景‼️❓
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