「「われわれの高貴な体液が汚されている」」博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
「われわれの高貴な体液が汚されている」
アメリカ空軍戦略航空軍団・バープルソン空軍基地司令官のジャック・D・リッパー准将(スターリング・ヘイドン)は人知れず気が狂っており、彼は独断で「R作戦」を発令します。
「R作戦」とはアメリカが核攻撃を受けワシントンが壊滅状態となり、指示命令系統が破綻した場合に、報復のために下級指揮官の判断だけで核攻撃を行う命令です。その命令を受けた34機のB-52戦略核爆撃機はソ連各地の攻撃目標を目指し飛行を続けます。
たった一人の狂気が人類全体を危機に陥れかねない核時代の恐怖を描いた本作、まさにブラックユーモアの教科書的映画として愛すべき名作です。登場人物がほとんどみんな頭おかしいし、人類存亡の危機なのにやってることはずっと茶番劇だし、振り回されるだけの大統領、ソ連の駐米大使、ナチの残党の天才科学者、カウボーイ気取りの機長とみんなキャラが立っています。機長が馬の代わりに核弾頭に乗って振り落とされないまま落下していくロデオシーンは最高です。
この映画はキューブリックという鬼才とピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコットという名優たちが創り上げた娯楽大作、まったくのフィクションですが、核兵器は真面目な政治家と真面目な科学者たちが真面目に創り上げたまったくのリアルです。映画は人類を絶滅させませんが核兵器はそうではありません。世界を破滅に導くのは真面目な人間たちであり、真面目な人間というのは手に負えないものです。敵対勢力を「地上から消し去る!」と叫んでいる指導者も、おそらく本人は大真面目なのでしょう。
リッパー准将と同じように「われわれの高貴な体液が陰謀によって汚される!」と叫ぶ真面目な人間は今も後を絶ちません。正気を失った真面目な人間ほど始末に負えないということを本作はわかりやすく教えてくれます。そしてキューブリック亡き今、そういう人間は増え続けていくのでしょう。