「エノケン強力を生み出した黒澤監督」虎の尾を踏む男達 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
エノケン強力を生み出した黒澤監督
現代風の歌い方の長唄「勧進帳」から始まる。「旅の衣は篠懸(すずかけ)の 露けき袖や しほるらん」
大河内伝次郎、一声、二顔、三姿のお手本みたいだった。まさに弁慶役者(二代目吉右衛門の弁慶は加えて色気とフェロモンが匂い立つようだった)。問答でも勧進帳を読み上げるときも、歌舞伎では弁慶も富樫も観客の方を向きながらじりじりと緊張感を高めつつ富樫が弁慶に近づいていく。黒澤・勧進帳では、西洋の舞台のように両者は向かい合っている。これがとてもよかった。日本の舞台すべてにあてはまる、客に顔をみせるのが最も大事という考えから解放されている。それによって平面的で平板な絵でなくて、リアルで立体的な対決場面になっていた。
強力姿の義経を打擲した弁慶が義経に許しを乞う場面もすごくよかった。歌舞伎より両者間の距離が近く自然だった。そこで義経の品のある美しい顔が見えるのだが、照明がいいのかカメラの位置がいいのか誰もが自然と頭を垂れる義経の顔だった。義経役の仁科周芳(ただよし)というのは岩井半四郎さんのことなんですね。歌舞伎役者であり日舞の人、美しい。
そしてエノケン!茶化しつつも律義に弁慶チームに危険を知らせ判官贔屓の応援団!義経が強力姿になったのもエノケンみたいな本物の強力のアドバイスに従ったのかも、と思った。いや、そうに違いない!酒飲んでまずは踊るのがエノケン強力というのは腑に落ちる。そして弁慶が踊るか、というところで酒のせいもあって眠り込んだエノケン強力、目が覚めたら誰もいない。そこで弁慶の飛び六方をこけつまろびつエノケンがやってくれる。真っ白な勧進帳を見て大きく目を見開いてびっくりしたエノケン強力、愛嬌があって空気を和ませるエノケン強力。緊張するお話の中に入り込んで私達観客と同じ気持ちになってくれて一緒に勧進帳を楽しむバディになってくれた。勧進帳幕切れの花道はエノケンさん、あなたのものでした。
>緊張するお話の中に入り込んで私達観客と同じ気持ちになってくれて一緒に勧進帳を楽しむバディになってくれた。
いや、まさに!
素晴らしい表現、感服いたしました。