時計じかけのオレンジのレビュー・感想・評価
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I'm singing in the rain,Just singing in the rain. 暴力の豊年祭じゃわっしょいわっしょい🥁🎼♪
半ばディストピアと化した近未来のロンドンを舞台に、暴力に明け暮れる青年アレックスを待ち受ける運命、そして叛逆を描いたSFサスペンス。
監督/脚本/製作は『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』『2001年宇宙の旅』の、巨匠スタンリー・キューブリック。
第37回 ニューヨーク映画批評家協会賞において、作品賞/監督賞を受賞!✨
原作はアンソニー・バージェスの同名小説(1962)。20世紀最高の映画のひとつとして数えられる、超有名な作品である。しかし、その知名度とは裏腹に内容はかなり難解。この物語を通して一体何を伝えようとしているのか、正直よくわからない。そもそもタイトルからして「時計じかけのオレンジ」なんていう意味不明なものだし。てっきり梶井基次郎の「檸檬」(1925)みたいな作品かと。…まあ当たらずといえども遠からずではあるんだけど。
物語としては昔ながらの因果応報もの。悪行の限りを尽くす青年アレックスがその罰を受け破滅の一途を辿る、というわかりやすい筋書きなのだが、ただそれだけのものとしてこの映画を受け止めると全く見どころはない。第一、このアレックスとかいう悪党は最終的に破滅も更生もしない。それどころか「またやったろうやないかい!😏」という不敵な笑みを残すのである。
このラストシーンからもわかるように、本作はイソップ童話のような教訓物語ではない。もっと別の意味が隠されているようだ。
最もわかりやすいところでは、本作はロボトミー手術について扱った作品であるといえるだろう。「治療」と称して人間の脳みそをいじくりまわし、アレックスを廃人同然へと追いやった「ルドヴィコ療法」はどう見てもロボトミー手術のメタファー。その非人道性に対して否定的な態度をとっているという点で、『カッコーの巣の上で』(1975)と同様のメッセージを発していると言える。
別のレイヤーからもこの映画について考えてみる。
「暴力」と「セックス」、そしてそれらとは対極にあるようにも思える「芸術」を愛するアレックス。これが何かというと、完全に「人間」そのもの。よく犯罪者のことを、「人でなし」とか「人非人」とか言いますが、暴力性と支配欲こそがヒトという種が持つ最大の特性であることは、昨今の社会情勢を見れば明らか。誰よりも人非人であるアレックスこそが、誰よりも”人間”なのだ。
そんな彼を閉じ込め、矯正しようと試みる刑務所はシステムやイデオロギーの比喩。甘言を弄してヒトに近づき、映画や音楽をプロパガンダに用いてその脳をハックする。そして最終的に踏まれようが唾を吐きかけられようが全く抵抗することの出来ない、従順な仔羊を作り上げてしまう。
アレックスは吐き気を催す邪悪そのものなのだが、彼がどうしようもない腑抜けに仕立て上げられ、徹底的に虐げられる様を見ていると何故かフラストレーションが溜まってしまう。地の底まで追い詰められた彼が最後の最後で死の淵から甦り、カメラに向かってニヤリと笑う姿にスカッとしたのは自分だけではないだろう。
本作のテーマは人間という「個」とシステムという「全」との戦い。微力な個が全とぶつかれば、ぺしゃりと押しつぶされるというのは火を見るより明らか。しかし、だからこそ徹底的に痛めつけられた彼が不敵に笑うラストシーンが示す叛逆の兆しに心が掻き立てられるのだ。
もう一つ、本作にはキリスト像や牧師の説教など宗教的なモチーフが多く登場している。このことが示しているのは、この物語が神学的な意味を含んでいるということだろう。
神学者アウグスティヌスに端を発する信仰に対する「自由意志」の解釈は、16世紀にはルターvsエラスムスのレスバに発展するなど、キリスト教の歴史において大きな意味を持つ事柄である。
アレックスがルドヴィコ療法により奪われるのは自由意志。「右の頬を打たれれば左の頬を差し出しなさい」を地で行くアレックスはまさにクリスチャンそのもの。しかし、神への服従を自分の意志ではなく強制させられたとしたのならば、果たしてそれは信仰といえるのか?本作はそこに深く切り込んでいる。
原作者アンソニー・バージェスの宗教観については全く知らないが、彼は『ナザレのイエス』(1977)という映画の脚本にも携わっているようだし、キリスト教に対し何かしらの意見や主張があるのだろう。本作にもそれは色濃く反映されているように思う。
多彩な読み解き方が出来る本作。さすが名作と言われるだけある!…と感心するところもあるのだか、正直言ってかなり退屈した…というか、なんかあんまり起伏がなかったので眠たくなってしまった😪
キューブリックらしい構図のカッコ良さ、特にオープニングのこちらを挑発的に睨みつけるアレックスのクローズアップからぐーっとカメラを引いていっての、あのバーの全貌を映し出すロングショットには痺れた!その後のトンネルに長い影を残すアレックスたちの映し方も最高にかっこいい。
…まあでも、そこのカッコ良さがピークだったかも。言ってる事もちんぷんかんぷんだったし。最初AIが字幕作ってるのかと思うほどに意味不明な文章で完全に脳みそが「?」となってしまったのだが、あれは「ナッドサット言葉」というあの世界独特の言い回しなんですね。後半になってくると大体何言ってんのか分かるようにはなるんだけど、前半は本当に理解不能で、それも睡魔を促進させた要因だった。
世間的な評価程には楽しめなかった、というのが正直な感想。とはいえ、最低過ぎる『雨に唄えば』(1952)パロディシーンや、真相に気づいた老作家の渾身の顔芸には大爆笑させてもらったし、なんだかんだで満足しております!
いつか観なくてはならないと思っていた作品をついに観終える事が出来、謎の達成感が湧いている。これほどの有名作品、面白いとか面白くないとか以前に、やっぱり観ておくべきですよね♪
この後アレックスはアメリカに渡り、「ジョーカー」と名を変えバットマンと死闘を繰り広げるのだった。物語は『ダークナイト』(2008)へと続く。…ごめんなさい嘘です。
余談だが、あのチンポのオブジェクト、日本の豊年祭で祀られる御神体みたいで良いですよね。いやおめでたい㊗️わっしょいわっしょい!!イン・アウト♂イン・アウト♀
犯罪者の更生を皮肉った傑作
初めてこの映画を見た時の衝撃は忘れられない。
もっとも繰り返し鑑賞した作品で、私の部屋には今でも映画のポスターが貼られている。
常識を逸脱した暴力欲求を持ち、それを抑えることが出来ない主人公アレックス。
仲間と共に不条理な暴力行為に明け暮れていた。
金など持っていないだろうホームレスを襲う。
適当な家に押し入り、『雨に唄えば』を口遊みながら、ステップでも踏むように、住人を殴り、レイプする。
女を使って対立するグループを誘い出し、ボコボコにする。
など、もう、やりたい放題。
そこには『痛い目にあいたくなければ金を出せ』みたいなチープなやりとりは存在せず、ただ、ただ、無慈悲な暴力が加えられる。
そんな日常を繰り返す中でとうとう殺人を犯すアレックス。
仲間の裏切りもあり、彼ひとりだけが逮捕、収監される。
刑務所の一般的な更生プログラムを課した程度で社会復帰させれば、同じことを繰り返し、新たな被害者が出ることは明らか。
では、アレックスをどうやって更生させるのか?
政府は『減刑』をエサにアレックスにルドヴィコ療法を提案する。
しかし、それは療法という名の『トラウマの植え付け』だった。
アレックスの好きなルードヴィッヒ(ベートーヴェン)の曲を流しながら、目を逸らせないように瞼を固定し、暴力行為の映像を見せ続ける。
最初は音楽と映像を楽しんでいたアレックスだが、何度も繰り返されうちに苦痛を感じるようになる。
ベートーヴェンの音楽と暴力映像が完全にリンクしたアレックスは『ルードヴィヒは悪くない』と叫ぶ。
治療は終了し、暴力とルードヴィッヒの曲に対して『強烈なトラウマ(嫌悪感)』を抱え込まされたアレックスは釈放される。
しかし、家に帰っても親に冷たくあしらわれ、彷徨い出た街で、昔、自分が暴力を振るったホームレスから暴行を受ける。
トラウマからなんら抵抗出来ないアレックス。
助けを求めた警官(アレックスの元仲間)からもリンチを受ける。
まさに因果応報。
アレックスは自分が行っていた不条理な暴力をその身で受けることになる。
警官たちから開放されて、雨の中、森を彷徨ったアレックスは、そうとは知らず、自分が襲ったことのある作家の家に助けを求める。
作家は政府の行うルドヴィコ療法に反感を持っており、報道でアレックスのことを知っていたため、家に招き入れる。
しかし、アレックスが風呂の中で口遊んだ『雨に唄えば』を聞いてアレックスが自分を襲った犯人だということに気が付く。
作家は食事を提供し、アレックスから『ルードヴィヒを聴くと死にたくなる』ことを聞き出す。
アレックスたちの暴力が原因で作家は車椅子生活になり、妻は病気にかかり亡くなっていた。
作家はアレックスを殺して恨みを晴らし、かつ、政府にダメージを与える方法として『治療が原因の自殺』を思い付く。
薬で眠らせた アレックスを2階の部屋に閉じ込め、大音量でルードヴィッヒを流す。
案の定、アレックス窓を突き破って自殺をしようとするが彼は死ななかった。
シーンは変わり、病院のベッドに寢かされているアレックス。
医者たちが暴力や性的な絵を見せても、平気なアレックス。
トラウマから開放され元に戻ったアレックスは押し寄せるマスコミに笑顔で応える。
暴力やレイプなど過激なシーンが多いが、映画の主題は『更生』だと思う。
人に暴力を振るっただけでは死刑にはならない。人をひとり殺しても(例外はあるが)死刑にはならないことが多い。
では、ふたり以上殺したら?
死刑判決(もしくは仮釈放無しの無期懲役)が下される可能性は格段に上がる。
人をひとり殺して刑務所に入り、釈放されたのちに再び人を殺し、死刑になる犯罪者は実際にいる。
そんなことが起これば、ふたり目の被害者の家族が『なぜ釈放したんだ』と思うのは当たり前。
では、再犯の可能性のある犯罪者をどうするのか?
『再犯出来ないように洗脳(トラウマの植え付け)をしちゃえばいいじゃん』
というお話。
もちろん、そんな簡単な話ではない。
無力になったアレックスに意趣返しのごとく、暴力を振るうホームレスや元仲間、ルドヴィコ治療に反感を持っていて、最初は情けをかける作家ですら自分たちを襲った犯人であることがわかると、アレックスを殺そうとする。
その気持ちはもちろん理解出来るが、無力になった(更生を果した)犯罪者への仕返しをどう防ぐのか?
そもそも、加害者が更生したら被害者は泣き寝入りするしかないのか?
『元に戻ったアレックス』が再び暴力衝動を抑えられなくり、新たな被害者が出る可能性はないのか?
と考えると本当に救いがない。
きっと結論はどこにも無いんだろうな。
暴力というアプローチだけに観る人を選ぶ作品かもしれないが、政府(巨大な権力)による人格操作の怖ろしさを描いた傑作だと思う。
我々現代人も、政府に管理されたテレビなどのマスコミによって、未然に犯罪を犯さないための洗脳(社会悪の刷り込み)をされているのかもしれない。
不謹慎な笑いの頂点
色々アレな作品だけども、これはコメディだな。とにかくいろんなシーンで笑っちゃうし、スタイリッシュなんでめちゃおもろい。
個人的にスローモーションで川に仲間を叩き落とすシーンがとにかく大好き。顔芸がおもしろいからな。
あと、運動会でよく流れる曲をBGMにして高速セックスシーンも、女性はこれ絶対嫌いだろうなあとか思いながらもゲラゲラ笑ってたな。
それと、前半にばかり注意が行きがちだけど、後半は社会への風刺が利いてていいね!
など、とにかくおもしろい作品。おすすめです。
(個人的に、あの作家の顔芸と男性器の戦いが好き。あと、レコードショップにマジカルミステリーツアーと原子心母が飾ってあったのは良かったぜ!)
残忍性マシマシ
マーダー、アレックスがシャバに出る為に、西遊記の輪っかをつけられるような話です。
シナリオは当時にしては新しいように感じる。
序盤のサブリミナル的な恐怖の演出はすごい。
猫飼いの女をチンポの置物でどつく時の演出は、驚きそのもの。
なんであんな置物あったんだろう?
劇中の作家の顔芸で笑ってしまった。
人は皆、誰もが時計じかけのオレンジ
20年以上も前に見て以来の視聴。キューブリック作品は、その頃、まとめて見ていたが、若造だったので面白さが理解できていなかった。今回、久々に見て、記憶に鮮烈に残る作品だと感じた。
まずは、優雅で楽し気な音楽と暴力、色彩の融合の感覚が異色だ。ロッシーニの「どろぼうかささぎ」「ウイリアムテル序曲」の軽快、「雨に唄えば」など喜劇的なメロディに暴力や性的シーン。シェラザードやベートーベンの第九、威風堂々等。暴力を振るう若者グループの自己陶酔感を優雅・楽し気に表現していた。その暴力の様も、旋律やリズムに合わせて行われ、醜さと美しさが同居している様が見て取れた。人は美と醜、善と悪を併せ持つ。アレックスの左目のまつ毛は醜、右目は美を表しているのかもしれない。
性も暴力も、人間の根源的な力が間違った形で表出されたもの。普段は、法や習慣、人間関係によって抑え込まれている。でも、その歯止めがなくなったらどうなるか?
主人公の若者グループは、親も宗教も学校の教師にも敬意を覚えていない。彼らは、仲間うちで盛り上がれればいいのだ。リンチ、強盗、レイプ、3P、目を覆うばかりの暴力。矯正施設に入れられるも、表面だけの回心。未来の若者が、どうなっていくのかを予言したかのような部分だ。これは、資本主義世界の未来なのだろう。
矯正施設から早く解放されるための、新しい強制的な治療。暴力や性、第九を聞くことに対して吐き気が生じる。ここで、治療する側の医師や研究者も、主人公と同様、十分に暴力的であり、治療が成功したかをチェックする側も暴力的に描かれていた。こちらは、社会主義的な世界の未来を示している。
アレックスは、解放されると、自分が暴力を振るった仲間、被害者たちから復讐される。昔、酷い目に合わせたから当たり前にも見えるが、描き方は、やはりスイッチが入ったかのように、暴力的であった。
人間には、どうやら暴力のスイッチが隠されているようだ。(→時計じかけのオレンジ)こいつには暴力を振るってもいいと思うと、暴力的になれる。戦争も然り、優生思想、優越感政治的な思惑、権力維持も然り。それが、現代~未来の社会においては、増えていくと言っているかのようだ。
しかし、人間を強制的に罰則等で暴力ができないようにしても、それは確かに本当の道徳、人間の善には結びつかない。自由な選択の中から選びとるようでないと。それは、十分にデザインされた社会でないと、恐らく難しい。無軌道な自由の中では、この作品中の主人公たちのようになってしまうのではないか。自由でも、強制でも上手く行かない世界の難しさ。
善や美以上に、人間は暴力や性に魅了されやすいのかもしれない。現代の映画作品群を鑑みると、そう感じてしまう。そんなブラックなメッセージを読み取った。
アーヴィンゴフマン読んでる人は、はまりそうな作品
この主人公の自由奔放さはいきすぎだが、
いいところまで潰されたようだった。
以下ネタバレ。
Singing in the rain 嫌いになりそう
最後のシーンで女のヌードが出てくるまでの政府関係者との対談は、政府関係者の人も自分の利害にアレックス使ってるよねって思った。
映画強制措置に加え、第9という弱みを握られてコントロールされたあとは可哀想だった。割とゴフマンやらフーコーの哲学書に詳しい人は割とここ問題視しそうな予感。この人は元犯罪者ではあるが、不健康にまでなってしまい人権棄却された。
たしかに誰か忘れたけど精神科医かな、?の台詞でそれは貴方が変わって両親の呵責が産まれたんじゃなくて恐怖体験と吐き気で結びつけられたからだよっていってて府に落ちた
最後に女のヌードが出てきて不愉快だったが、女の人にたいしてエッチだと思ってよくて(けどレイプはダメ)、色欲出てきたから元気になったことの象徴だと思った
やらかさなければ好きにしてくれ
十年ぶりに鑑賞、世界観が本当に素敵過ぎる
映画好きなら1度は視聴したことがあるのではないでしょうか。
私は中学生の頃にバチバチ映画マニアなりたて時代に母親から映画を観るなら、「時計じかけのオレンジ」は観とかないとね!との助言で十三歳ちょっとで観て、もはやアングラ的な芸術美を一心に浴びせられて何が何だか分からずに困惑して、ぽけ〜っと観ていた思い出の映画です。年若き中一女子にこれを勧める親も何なんだって話なんですが。
そんな多少のトラウマを抱えた時計じかけのオレンジを十年ぶりに鑑賞致しました。個人的にフルメタル・ジャケットも小ちゃい頃に親が観ていて、微笑みデブで有名な俳優さんがベルトで叩かれてるシーンがトラウマすぎたのですが、克服して観てみたら本当に面白くて沼の沼。
時計じかけのオレンジを見た感想は、序盤から字幕でのセリフの面白さが尋常じゃない!これはフルメタル・ジャケットにも言えることですが!
こんなに字幕読んでて小説のような重厚感溢れるようなセリフがあるのかと!!神かよ!!!!
映像の引きも最高、絵画やら色々な小物にアートを満足に頼ませてくれる。クラシックがとてつもなくマッチしてる。そして、中盤は突飛過ぎるような世界観ではなくなり普通の刑務所生活を見れるわけで、これが全体的に突飛過ぎる世界観だったら私は多分アートだよねコレッてね!で終わっていたかもしれません。
病室のシーン諸共何をとっても最高すぎます。皆さん、予告も最高にカッコいいのでYouTubeで検索してみてください。
スタンリー・キューブリックの映画は字幕で見るに限ります。セリフの一つ一つが映画への没入させてくれます。
そして、話の流れは単純ですが、音楽や映像ももちろん、セリフがどれをとっても素敵です。
自分がここまで時計じかけのオレンジをめちゃくちゃ褒めるとは驚いてます。みなさんもいい思い出がないようでしたら、克服するために観るのをおすすめ致します。
個人的最高!!個人的な感想になってしまいましたが。それでは!楽しい映画ライフを!!!
暴力とはなにか?
見るに耐えない、目に見える暴力
そして見えない暴力(親切な顔をした思惑や…)
はじめ老人のリンチや女性のレイプなどの過激な暴力シーンに目を薄めていたが、青年が更生される過程、その後にも暴力は続く。
目に見える暴力から解放されたが、実際のところ、その暴力の種類が移り変わっただけなのかもしれない。
暴力へ嫌悪感を感じながらも、暴力を振るってきた青年が暴力を振るわれる姿に、どこか快感を感じている私の中にも。
見ている者を聖者では居させてくれない、鋭い問いのある映画だった。
独特な世界観だったけど
普通に最後まで楽しめた
目をガン開きにする“治療”という名の拷問とか、因果応報なところとか、いろいろな要素があった作品だったけど、特に気が散ることなく楽しめた。
もう一つの未来
近未来の都市、非行少年も多く犯罪率の上昇や刑務所の敷地不足が問題となる
グループで軽犯罪を繰り返すアレックスは仲間の裏切りにあい刑務所行きになってしまう
そんな中特殊な治療を受ければすぐに釈放になるという話が
洗脳まがいの治療を受け、自由のみになるも過去の自分に復習され続ける
最後には自身を洗脳した政府のイメージキャラクターとして洗脳による報酬を与えられながら映画は終わる
形として犯罪がなくなれば人権など意にも介さない政府、犯罪者に対する復讐を糧とする刑務所
悪しき風習が過激に描かれている
これまた解釈が難しい。
まさにキューブリック作品で解釈の難しい映画だけど、その雰囲気だけでも楽しめる良作。ところどころ挟まれるナッドサット言葉が妙に癖になり、中盤からは理解できるのがまた不思議。
欲望に忠実すぎる主人公たちに共感はできないが、二転三転するアレックスの人生模様が面白かった。
人間の持つ欲望に兎に角忠実なアレックスは友人の中でもリーダーでいたがり、徐々に亀裂が膨らみ、ある夜強盗に入る家で裏切られ、警察に捕らえられる。それまでの行いから当然なのだが、そこからのアレックスは少し可哀想。好きだった音楽すらトラウマになるほど過激な治療を受け、暴力などに吐き気を催すなど、強制的に非行に走れない身体にされる。しかしそれを利用した反政府の圧があり、結局は欲望に忠実なアレックスに逆戻りというバッドエンド。原作はハッピーエンドらしく、そっちも見てみたくなった。
人によって感性は異なるとしても人生最高の一本にはなり得ないし、オススメしづらい映画だが、映画好きなら一度は見ておきたい作品だし、好きな作品の1つにならなり得る、そんな映画。
記憶には残る、それが傑作と言う事なのか?
シャイニングに続き、未鑑賞の過去の有名映画。
若者特有の特殊な造語、暴力、セックス、サイケデリックな美術や衣装、時代を特定させない前衛的かつ退廃的な不思議な世界観。
音楽を印象的に使用し、ミュージカルのようなオペラのような雰囲気を醸し出しす、エキセントリックな前半。
いつの世にも存在するだろう若者の無軌道な暴走犯罪。胸糞悪くなる。
非人道的な矯正治療後に世に放たれた主人公の扱いには、因果応報、同情の余地無し。
当然の報いだ、と胸がすく。
凶悪犯罪者の更生の割合はどれだけなのか知らないが、被害者とその関係者にしてみたら非人道的とは全く思わないのでは?
作家が、主人公が呑気に唄う「singing the rain」で、妻を死に追いやった犯人に結び付いた時の狂わしい程の感情は、ローアングル演出も相まって、観ているコチラまで伝わってきました。
非人道的な扱いを受けた主人公は、結果的に政府の保身の為に厚遇を受けるという、皮肉なラストと解釈しましたが、何とも胸糞悪い。
好きか嫌いかは別として、記憶には残る。
それが傑作と言う事なのか?
ウルトラバイオレンスの衝撃
えっらそうにしてるけどお前ら全員カスやし!
キューブリック監督か当時の若者たちか、誰か知らないが、とにかくおこ💢な映画だった。
スノッブなインテリ層、マスコミ、老人、権力者、オサレ女子、etc。
怒れる若者達は激しい衝動や暴力に突き動かされ、ultra violenceによって制裁を下す。悪事の限りを尽くす。英国で問題作とされ、長い間上映禁止とされていたのも納得の酷さ。
世論対策か、後半、主人公は一人天誅を受けるのだが、その仕置きがまた壮絶で、満身創痍の俳優さんには同情しかなかった。そして。
やっぱお前らカスなのは変わんねえ!みたいな反骨精神に溢れたラスト。
下品ギリギリまで毒を盛った刺激の強さ。洒落乙バイオレンス映画の系譜はここから始まったのだろう。
おしゃれエロバイオレンス
コロバ・ミルク・バーとかミルク・プラスとかネーミングが面白い。
ホラー・ショーとか独特の単語が使われてたんだけど(ナッドサット言葉?)日本語訳もいまいち分からない部分があるから、そこが理解出来るともっと楽しめそう。
暴力シーンは衝撃的だけど、ストーリーは割と普通(当時はそんな事無かったんだろうけど)でも音楽や衣装など映画に漂う格好良さは今じゃ出せない。
世界観が無理な人は多いと思うので、常識人と一緒に見るのはおすすめしません。
あと自己紹介でこの映画好きって言う人はヤバい!
最後震えた
有名な映画過ぎて今まで距離をとって見ていなかったのを後悔した、衣装とか世界観が美しくて引き込まれた、謎言語も最後まで意味が全くわからない物もあったがわからないのがいいとさえ思えた映画だった、最後のセリフ「完璧に治ったね」破壊力えぐ過ぎて震え止まらんかった
自由と法
結構アレックスに感情移入してる人も多いようだけど個人的には外道すぎて罰として妥当であるようにしか思えなかった。ただアレックスに共感出来なくてもこの映画が傑作なのは間違いない。どんな感想にせよ誰が観てもすごいと思える作品だと思う。
個人的には個々の自由と社会秩序を両立させることの難しさを強く感じる作品だった。この映画でフレデリック大臣派を責めるのは簡単だが、君の家にアレックスが来てレイプ、恐喝、強盗の類をされても個人の自由を尊重すると言えるだろうか。もちろん映画の治療法は非人道的だけど政府が犯罪者更生に過激になってしまうこと自体を弾糾できない。神父の言う通り個人が選択能力によって善を選ばせないと意味が無いと言うのはもっともだが、快楽で犯罪を繰り返す人間がその能力を取り戻すのは明らかに至難の技だ。自由は尊ばれないといけないとは思うが相手に自分を傷つける自由を与えられるほど寛大な人間もそうそういない。だから法がある。どんなときも反権力だ、俺はアナーキストだなどと言ってる場合じゃない。
…そう思っちゃった人間なので、アレックスに共感ではなくずっと俯瞰的に鑑賞していました。
個人的にダークヒーローだなぁと思ったのは奥さんを凌辱された作家のお爺さん。
我が国の自由のためにアレックスの悪行も自由として許した…と見せ掛けて嬉々としてアレックスを自殺に追い込む。あのお爺さんの憤りとも恍惚とも言えない表情が素晴らしかった。
お爺さんの睨みをきかせた目とワインに毒でも入ってるんじゃないかと震えるアレックスのカットも大好き。並ぶとアレックスの小物感も際立つし。
一種の政治犯としても血に飢える老人としてもわたしは作家の方がクールだなぁと思いました。
あと書いていて自分の本文に使用できない文字が含まれていたらしい。…この作品のあらすじだから仕方ないのに…
私の言葉で誰かが憤慨しても責任は取れないので控えろと言う訳か。
でもこうしないと荒らしとか排除出来ないので一概に自由の阻害とも言えない。
社会の中の自由って難しいよね?
性と暴力の勝利
どれだけ外的力が加わっても、人間の本能は消え去ることはないだろう。
未だかつてないくらいの美しいバイオレンスだった。
キューブリックが作る世界観が本気でかっこよすぎた。たぶん今後も観ることになるであろう映画だと思う。(割と長尺ではあるが)
映画のあり方として、
カタルシスとしてもウルトラバイオレンスが超クールに描かれているのはありだと個人的には思う。これは現実では出来ないことをアレックスが代わりにしてくれている感覚になる。ずっとアレックス視点で描いているから。こんなにも嫌な気持ちにならない残虐性があるのかね。
そこまでグロさがないのも私的には好きなポイント。
あと、性器がモザイクなしに劇場で観れたことに感激した!モザイク加工に萎えなくて済んだ!
やっぱり鑑賞後にどう考えても、アレックスは魅力的だわ。憧れとかそんなんじゃなく、ただただクールで、パワーの象徴。まじでファーストシーンのにらみからもう鳥肌ものだったけどね。
『時計じかけのオレンジ』原作とスタンリーキューブリックの出会いが奇跡としかいいようがない、映画でした。キューブリックの過度に表現しない感じ(抑えめな感じ)が良かった
原作のバージェスが造った造語のセンスとキューブリックの世界観が本当にぴったりだよね。
めちゃくちゃ人と語り合えるだろうけど、何を言うにも危険が伴う映画だねえ。
よくわからなかったけど、凄かった
・午前10時の映画祭のおかげでスクリーンでの鑑賞。大きな画面で美人の裸が観られるのが良かった。全般、悪趣味な美術でマッドマックスと現代との間の近未来のようなディストピアのセンスが凄いなぁと思った。
・未来らしく独自の単語を多数つかっていたのがややこしいなぁと思ったけど、未来っぽい感じがして面白かった。
・アレックスの矯正方法が脳に電流とか流すのかと思ったら薬を打って映画を観せる。というのが面白かった。それが、物凄い効いてて更に面白かった。それについて、ラストまで話が繋がるのは驚いた。
・不良グループが警察官になったり、政府が人格を改造することを推し進めたり、結果、個人の諸行というより、根本は国家の諸行の末に不良が生まれるのかと、思ったら怖かった。
・ブルジョアとプロレタリアートの二者対立は未来永劫続くんじゃないかと思い、やや憂鬱になってきた。
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