「若い頃には受け取れなかったこと」ディア・ハンター sow_miyaさんの映画レビュー(感想・評価)
若い頃には受け取れなかったこと
中学生か高校生の頃、テレビで観た時の記憶をひっぱり出しながら数十年ぶりに鑑賞。
見事に、ロシアンルーレットのシーンとテーマ曲しか覚えてなかった。
若き日の自分は、この映画で語られている多くを受け取れなかったが、年を取ると、それなりに物の見方が変わることを実感できるのも、映画鑑賞の面白味の一つだよなと自分を納得させる。
まず、主人公のマイケルたちが「ロシア系アメリカ人」であったことに驚いた。
あの時期、ベトナムでの米ソの代理戦争という側面から、国内にも軍の中にも、マイケルたちを敵対民族ととらえるアメリカ国民も居ただろう。ただ、彼らの祖先がロシア革命以前に渡米して来たとすれば、事情はもっと複雑で、彼ら自身は反ソとも言える。ただし、ロシア正教会などの施設や、結婚式でのロシア民謡など、彼らの民族的なアイデンティティの発露を見た周辺のアメリカ人たちの目には、そうした事情はすっ飛ばされて映るのかもしれず…。マイケルたちは、自覚がなくとも、よりアメリカに忠誠を誓う姿を見せなければという思いに駆られて、その結果が出征に前向きなシーンにつながっているのかなと思った。
それに、彼らがついている職業は、どうみても、労働条件がよいとは言い難い製造業(鉄鋼業)やサービス業で、中々厳しい様子が伺える。アメリカは移民の国で「アメリカンドリーム」もあるのだろうが、移民全てが対等な立場にはないことが、こうした中で当たり前に描かれてもいる。今年の大統領選挙でも、移民問題が争点の一つだったが、安い労働力として非正規移民を雇う資本家と、それによって賃金を抑えられたり、仕事を失ったりするとして、トランプがターゲットにしたのは、まさに彼らのような人々の数十年後なのだろうと思った。(場所も、激戦区の一つ、ペンシルベニア州だし…)
そのマイケルたちが、ラストシーンで亡くなったニックを偲んで仲間たちで歌うのは、ゴッド・ブレス・アメリカ。
あくまで自分たちはアメリカ人なんだと、自身を鼓舞するかのような痛々しさを感じつつ、そのシーンにはグッと掴まれるものがあった。
マイケル自身の性的指向についての表現も、今だから理解できる。リンダに惹かれつつも、こちらが違和感を感じるほど、積極的なアクションを起こさないマイケル。それは、単に奥手というのではなく、リンダの向こうにニックを感じていたからで、マイケルが本当に好きだったのは、ニックだったのだろうということは、中高生の頃は思いもしなかったことだ。友に「ゲイなのか?」とからかわれて、ヘソを曲げるシーンもさりげなく描かれていて、脚本のうまさにうなった。
そして、ベトナムの戦場でのエピソードを挟んで、2度出てくる鹿狩りのシーン。
高温多湿のベトナムの戦場と、冷涼で静謐な山岳地帯との対比に加え、鹿を狙い通り仕留める出征前と、仕留めずに逃す復員後の対比が味わい深い。自然と「命」や「祈り」ということを考えさせられた。
自分の記憶の中では、戦場の場面は、地獄の黙示録のイメージの方が圧倒的に強かったのだが、戦場から離れた歓楽街の様子も含めて、人の根源的な欲望や狂気という点では、こちらの作品の方がよりリアルに思えた。
長いし、重いし、何度でも繰り返し観たいという映画ではないけれど、また時間をおいて観た時の自分の感想が気になる作品。