父ありき
劇場公開日:1942年4月1日
劇場公開日:1942年4月1日
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2012年11月19日1942年。小津安二郎監督。金沢の中学校教師は小学生の息子と二人暮らしだが、修学旅行で生徒が事故死したのをきっかけに教師を辞めて信州上田へ。そこから一念発起して息子を寄宿舎に残し、東京で仕事を探すことに。以来、高校、大学と離れて暮らす父と息子だが、息子は父と一緒に暮らすことを望み続ける。大学を卒業して秋田で教師をする息子が兵役検査に合格したとき、父は肩の荷を下ろした気分でほっとするが、同時に、病に倒れてしまう、という話。 父を思い続ける息子というのは、どうしても、戦後になって父を思い続ける娘(原節子)を描いた「晩春」を想起してしまう。父親が子供の幸せを願いながら、一緒に過ごすことよりも自分とは離れても理想的な幸せを追い求めてほしいと願う様子も同じだ。だから、つれなくされている子どもたちからの父への想いが根拠のない一方的なものに見えてしまう。というかそのような成就されない感情のもつれを描きたいのだろう。 戦後のGHQによる検閲で失われた数分間のうち、ロシアで発見されたプリントから復元したというものを加えた2023年版。まだ削除部分が数か所あるが、だいたいわかる程度にはなっている。笠智衆の詩吟がことのほかうまくて驚く。
『ねッ、父さん。』なんて言葉、何年言ってないだろう。
と言うか『父さん』なんて上品で、小学校低学年は『父ちゃん』だった。だから『父さん』って一度も言わなかったって事だ。
そう言えば『パパ、ママ』が僕の世代では別格に上品だったなぁ。
25歳になったような息子が、親父と二人だけで旅行なんか行くか?
なんか薄気味悪い。戦中真っ只中。これから東京は焼け野原になる。小津安二郎監督は、その状況をどう判断していたのだろう?
また、親父の死なんて泣く様な話ではない。
西洋は『父親殺し』とか『子殺し』の哲学があるくらい。
『東京暮色』と同じ演出家にはどうしても見えない。
リベラルな父親が立派な息子を育て上げ、礼節を抱いて旅立つ。従って、父のいない社会は、これからどんな社会になるのか?
と言いたいのか?
まぁ、兎も角、いつもより台詞の回し方もぎこちないし、正面から撮るこだわりも少なかった気がする。
どっかに何かが隠されていると思い評価はする。
「生誕120年・没後60年記念 フィルムでよみがえる――白と黒の小津安二郎」で上映の一作。古いので画質が悪いのは仕方がないとしても、どうしてもセリフが聴きづらい。これだって精一杯なのだろうけど、話がみえないは困るなあ。でも、そこを我慢すれば笠智衆の若かりし姿はむしろ眼でさえあるし、昔の風景には癒しさえ感じる。そして、言葉は何割か聞き取れないにしても、この父子の深い愛情が画面から染み出ている。その時間を味わうだけで、十分に満足感があった。
早くして鬼籍に入り記憶が少ない父を思い出しながら鑑賞、どこか無器用で取り留めのない印象が強かったように記憶していますがこの映画であの世代に共通する思考が分かった気がした淡白に見える親子関係でも意味を見いだしていたのかな、申し訳ないけど仕事を大人の言い訳にしているようにうつりましたそんな思考はどんなに取り繕うとも出来の悪いお手本に過ぎません、かなり偏見が有る意見とは思いますが実感なのです。