インランド・エンパイア : インタビュー
大絶賛を浴びた「マルホランド・ドライブ」から早5年、鬼才デビッド・リンチ監督の最新作「インランド・エンパイア」がついに日本公開となる。かつてないほどに難解なストーリーと評判の本作だが、その意図は? ロサンゼルスにあるデビッド・リンチの自宅アトリエにて映画評論家の森山京子氏がインタビューを行った。(森山京子)
デビッド・リンチ監督インタビュー
「映画には、そのストーリーにふさわしい語られ方というものがあるんだ」
リンチの自宅はロサンゼルス北部の高台、ハリウッドヒルズにある。ゆるやかな上り坂の道に面して大きな箱形の建物が3つ。外壁がそのまま塀になっている感じで、道路からは中の様子が分からない。案内されてその中の一つの入り口を入ると、そこはいきなりMAスタジオ。真っ暗なスタジオを通り抜け、暖炉のある明るいリビング風の部屋とその隣のミーティングルームを通り、裏口からさらに丘の斜面を上ったてっぺんにあるアトリエが、インタビュー場所だ。眼下に緑のハリウッドヒルズが広がっていて実に美しい。
――「インランド・エンパイア」は3年もかけて作ったということですが、どうしてそんなに時間がかかったのですか。
「そもそものきっかけはローラ・ダーンが近所に引っ越して来たことなんだ。彼女と何か一緒に作ろうということになって、すこしずつカメラを廻し始めた。脚本もテーマも何ない。ひとつのアイデアが浮かぶとそれを撮影する。その繰り返し。どんな映画になるのか私にも見当がつかなかった。そうやって撮っているうちに、ストーリーが見えてきたんだ。各シーンがストーリーのどこにはいるのかも分かってきた。そこで改めて脚本を書き、それに従って一からシーンを撮り直した。それが君たちが見た映画だ」
――では最初のうち撮っていたフッテージはどうしたのですか。
「インターネットで配信したんだよ。僕のサイトでね」
――時間と空間が捻れていて、あっちこっちに飛ぶし、抽象的なシーンが多いし、1度見ただけではよく分からないんですが。それはあなたが意図したことなんですか。
「そんなことはないよ。映画には、そのストーリーにふさわしい語られ方というものがあるんだ。この映画のアイデアは、こういう語られ方を要求しているということなんだ。時間にしたって、私が勝手気ままに操っているわけじゃなくて、アイデアの要求に従っただけなんだ」
――2度目に見た時は、これは女性の映画なんだと感じました。
「ファンタスティックだね」
――テレビを見て泣いている女は、映画撮影中に夫に殺されたポーランド女優ですよね。ということは、彼女はこの世に心残りがあってゴーストになっていた。そして映画の最後で笑顔になった時、成仏したと感じたのですが、あなたは仏教にも関心があるのですか。
「もちろんだよ。精神を浄化して内なる純粋な意識を経験することをソマティと言うんだが、そういう状態になるまで、何かが何度も何度も、我々をこの世界に呼び戻すのだ」
――ポーランド女優はソマティになったと確かに感じました。彼女がそこに到達するために必要なことを、ニッキー(ローラ・ダーン)が体験していくのがこの映画なんじゃないかとも、感じました。
「それはビューティフルだ。君が言ったことは完全に正しい感情なんだ。でも、それらについて僕は話せないんだよ(笑)。説明や分析に頼るんじゃなくて、直感でこの映画を受け止め、自分自身の結論にたどり着いてほしいんだ」