インランド・エンパイア : 映画評論・批評
2007年7月17日更新
2007年7月21日より恵比寿ガーデンシネマにてロードショー
いつにも増して全体像は不明確・不定形
作品の意味やメッセージ、理に適ったモンタージュ……といった“映画らしさ”を求めてしまう観客の習性を嘲笑うかのように、本作はかろうじて1本の作品と称するに足るかたちをとりとめているに過ぎない。もちろんデビッド・リンチの映画だもの、何がなんだか判らないことは観る前から想像がつくが、意地が悪いことにストーリーらしきものや謎解きのヒントらしきものはけっこう周到に張り巡らせてある。だがそれは思わせぶりなだけで(というか、それこそがリンチを凡百の実験映画作家と区別してきたエンタテイナーぶりなのだが)、いつにも増して全体像は不明確・不定形。「ロスト・ハイウェイ」以来固執する多重人格テーマにしても、今回は多義的に増殖し変成し、映画の構造自体に及んで、単一の像を決して結ばない。
だがファンにとってはこれぞ至福。身体の芯にまで響く重量級ノイズ、演技抛棄状態で唇をひん曲げ続けるローラ・ダーン、一瞬しか映らないこともある豪華キャスト、あまりにもリンチ的なウサギ人間、それ以上にリンチっぽい裕木奈江(!)……とひたすら続く3時間の悦楽に浸っていればいいのだから。
ちなみに本作はあまり高精度じゃないDVカムで全篇撮られている。いつもの蠱惑的な暗闇を期待すると最初は幻滅するが(何しろアップはほぼピントが背景に合っている!)これもまたリンチ流の原点回帰と思えば美しい。
(ミルクマン斉藤)