「ヒッチコック隠れた名作」第3逃亡者 Zipangu Genさんの映画レビュー(感想・評価)
ヒッチコック隠れた名作
まず何といってもこの作品は脚本が優れている。犯人と間違われる主人公から始まり(それはその後ヒッチコックのパターンになる)その主人公に関わる第二の主人公との出会い、第一の主人公と第二の主人公に主人公が入れ替わっていく流れのうまさ。ミステリーそのものは無実の証拠となるコートを探しに行くただそれだけに留め、主人公の心の移り変わりに重点を置いた作劇となっている。また主人公がピンチに陥る場面が散りばめられ最初から最後まで退屈することがない。主人公が追い詰められるシーンと言うと兎角警察や真犯人に取り囲まれるシーンにばかりなりがちだがヒッチコックは一味違う。一見すると大したピンチではなく、強引に振り切れば簡単に逃げ切れそうなシチュエーションに見えて実はそれができず、余裕がありそうで実は追い詰められている。ヒッチコックはそういうのが好みでこの後色々な映画で、そういうシチュエーションを取り入れているがこの映画のシーンが一番決まっている。
この映画を面白くしているのは脚本のほかに、主人公がいかにも純情そうでシチュエーションにハマる役にピッタリ合っている。顔つきは目が離れていてでこが広くてスタイルがよく、後のグレイス・ケリーを彷彿とさせる。
さていよいよ本題に入ろう。この映画が始まってすぐに思ったことは、「あ、ピンボケしている」であって、残念ながら最後までピンボケしている。次に気が付いたのは固定カメラの多さだ。ヒッチコックはカメラを動かすのが好きな監督で、実にカメラをぐるぐる回すシーンが多い。がこの映画は、待てど暮らせどカメラが動かない。たまに控えめにパンする程度だ。私はこの映画がヒッチコックの初期作品
だから、そうなのかと思いつつ見ていた。そしてクライマックスに来て遂に、その意図に驚かされるのである。「あ、それクレーンのことですね?」あなたはそう言うだろう。しかし私はあえて違うと言ってみたい。それまで固定カメラを使っていた効果が出ているのは、主人公がホテルのコンサートホールに入って行くシーンである。ここで初めてカメラが本格的に動くのだ。カメラが主人公フォローする。ただ普通に歩いている速度であるにも関わらずこの移動の効果は絶大だ。「キタキタキタキター!!クライマックスにキター!」という雰囲気が出るのである。その後、例のクレーン撮影となる。ここで重要なのはまばたきだ。我々はどの男が瞬きをするのか、息を呑んで見ている。カメラがやがて一人の男を捉える。まばたきしない。バストアップになる。まだしない。クロスアップになる。まだしない。この男ではないのか?犯人はここにはいないのか…。遂に目のクロスアップになる。まだしない…と,思った次の瞬間!
この作品は何もかも上手くいっている。ヒッチコック会心の作品であると思う。ただ最後に残念な点にも触れておかなければならない。それはラストの主人公のクロスアップだ。ここでは最高に可愛く撮ってあげなければならないのだが、可哀相に老け顔になってしまっている。多分撮影が過密スケジュールだったのだろう。