ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習 : 映画評論・批評

2007年5月15日更新

2007年5月26日よりシネ・アミューズほかにてロードショー

突拍子もない爆弾コメディ。当惑する前にまず笑え

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なぜ死ぬほどおかしいのか。なぜあんなに腹を抱えて笑えるのか。「ボラット」を見たあとで、私はずっと考えつづけている。最初に見たのは6週間ほど前のことだ。2度目に見たのは3週間ほど前だ。普通は忘れる。笑いっぱなしですんでしまう。だが、「ボラット」は消えない。べらぼうにおかしくて、しかもおかしい理由を考えさせる。

ボラット(サシャ・バロン・コーエン)は、カザフスタンのTVレポーターだ。彼はアメリカを訪れる。アメリカ文化を吸収して、故国カザフスタンを益しようと考えている。ただ、彼は無知で無謀だ。女性を蔑視し、ユダヤ人を恐れ、同性愛者を毛嫌いしている。そんなボラットが、テレビの深夜放送で見かけたパメラ・アンダーソンにひと目惚れし、アメリカ大陸を横断する。行く先々で、彼は愚行と暴言を繰り返す。が、アメリカ&合衆国(とボラットが呼ぶのだ)は、それに負けない愚行と暴言で応える。

「ボラット」は、偽ドキュメンタリーの体裁を取っている。バロン・コーエンは、ユダヤ系英国人だ。この2点だけは明かしてもかまわないだろう。いや、もうひとつだけ、私が明かしたくてたまらないことがある。「ボラット」の標的は、われわれ現代人の「集合的無意識」なのだ。「言ってはいけないこと」や「してはいけないこと」が詰め込まれた箱の蓋を、彼は度胸よく開け放つ。観客を笑わせ、当惑させ、考えさせる。「ボラット」は、勇敢で周到なコメディだ。だがなにはさておき、これは、見る側を解き放つ突拍子もない笑いの爆弾だ。不思議なことに、観客は明るくなる。そして、窮屈な感情や陰険な気持から遠ざかっている自分に気づくはずだ。

芝山幹郎

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