劇場公開日 2000年2月5日

「階段の昇降、そして涙と失禁」シャンドライの恋 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

2.5階段の昇降、そして涙と失禁

2015年1月19日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

悲しい

知的

 アフリカで夫を刑務所へ連れていかれ、ローマで住み込み家政婦をしながら医学生をしている女。その雇い主のイギリス人の音楽家の男。最初は男が女に恋をする。そして、男は気持ちが昂ぶりプロポーズまでしてしまう。
 女からすれば、自分がここで働きながら勉強をしている理由も知らず、彼女にはさっぱり分からない西洋音楽をピアノで弾いているだけの男から、いきなり愛の告白と結婚の申し込みなどされても当惑するの当然だ。二人の置かれた状況の違い、そのことへのお互いの理解の欠如。
 しかし、映画はこのシーンの他には、登場人物の感情を直接的な言葉で表すことがない。そして、この説明的なシーンも要らなかったと思わせるほどに、台詞を抑制した映像だけで登場人物の心情を表現している。
 それにしてもシャンドライ役のサンディー・ニュートンを、ここまでやるかと思うほど、フェミニンな被写体としてカメラがとらえるのはどういうことだろう。ときに快活でチャーミングな女子学生、ときに匂い立つエロスを放出する人妻。男が女に求めるものをステレオタイプとそしられることも恐れぬほどに見せつけるのだ。
 アフリカから文字通り裸一貫でヨーロッパへ勉強の為にやってきた女。裕福だった叔母の遺産で生活している男。
 どうやら自活することは難しそうなその男が、叔母の遺産を切り売りして工面した金の使い道は、女の夫をアフリカの刑務所から釈放するというもので、ついには商売道具のピアノすら手放す。
 反対に女は苦学の末、医学部の卒業が決まる。そして、自分を愛した男がなけなしの金をはたいたおかげで、夫はアフリカの刑務所から釈放されて、ヨーロッパの地で再会がかなうことになる。
 映画の中では、男と女が住む家のらせん階段を、昇ったり降りたりするシーンが繰り返しでてくる。最上階に住んでいた男は家財を失うことで階段を降りることになる。下の住み込み部屋の女は晴れて医師への道が開かれ、一度は失った夫との再会が約束されることで階段を昇りつめることになるのだ。
 何も持っていなかったはずの女は今や、人生で得られるものをいくつも手に入れた。もはや、彼女は男の愛欲の対象にしかならない存在ではなく、自分の意志で人生を選び取ることの出来る人間である。ベルトルッチの愛撫するようなニュートンの撮り方はここで大きな意味を持ってくるのだ。
 早朝、ローマに着いた夫が鳴らすブザー。それを聞いて男のベッドで流す女の涙は、夫が軍に連行されたときの失禁のシーンと対をなす。心から愛する男との別れはどちらのシーンなのか。観客にその問いを投げかけて、映画は幕を閉じる。

佐分 利信