「虚無と失望の中で、それでも明日を信じた二人」素晴らしき日曜日 neonrgさんの映画レビュー(感想・評価)
虚無と失望の中で、それでも明日を信じた二人
1947年の東京。戦後の瓦礫と混乱の中、わずか35円しか持たない若いカップル・裕司と昌子の「たった一日」のデートが描かれる。黒澤明が初めて原作・脚本・監督をすべて手がけた本作は外の世界との関係性を音や風景で描き出す"いわゆる"黒澤の演出(アパートの外から聞こえる音楽、舞台のように作り込まれたセット、そして雨や風といった自然の要素)が主人公の心理と見事に連動し、観客をその内面へと引き込んでいく。戦後の混乱と虚無のなかで、それでも人間はどう生きるべきか、どう踏みとどまれるのか、という主題を正面から描いた作品である。
裕司・昌子というカップルに美男美女すぎない俳優を起用した点や、闇屋に堕ちず貧しさのなかで誠実に生きようとする姿勢は、当時の観客との共感を狙った演出ともいえる。鏡に映る「たかり屋」との対比、浮浪児との出会い、自分にとって唯一の光であるはずの昌子に手を出しそうになる試練といったシーンを通して、裕司の内面の揺れと、なんとか「人間でありつづけよう」とする意思が描かれる。
ややもすると大げさすぎるクライマックスの空想のオーケストラの演出は黒澤自身が観客を信じているからこそできるものであり“映画の中のフィクション”と“観客である我々”との境界線が溶けていく瞬間である。ラストの電車のホームで拾いかけたシケモクを踏み潰すシーンはもう一度、現実に対して踏みとどまろう意志を表している。
貧困と孤独で闇に堕ちていきそうな一人の男を通して「人間の弱さ」と「そこからの再生」という黒澤明が繰り返し描いてきたテーマが本作でも描かれている。虚無と失望の中で、それでも明日を信じた二人の、小さな再生の記録。
83点
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