「ユニバーサルなデザインの多彩な美しさに潜む少女の成長変化の時」千と千尋の神隠し Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
ユニバーサルなデザインの多彩な美しさに潜む少女の成長変化の時
「もののけ姫」で宮崎アニメのひとつの頂点を極めたと印象に持ったが、再びアニメ芸術のもう一つの頂に達したのではないかと感銘を受けた。それは、全編に於ける多彩なデザインの遊びを駆使して一人の少女千尋の成長譚を構築した大胆な造形が、コントロールされた統一感にあるためである。東南アジア風の建築を窺わせる塔のような湯屋、その主人湯婆婆の息子坊の部屋はバイエルン王国のヨーロッパ王室の様で、銭婆を尋ねて電車に乗るシーンは正しく水の都ベニスの景色を思わせる。そして銭婆の家は、イギリスの片田舎の質素な民家をモデルにしたという。これらが、極普通の日本の少女が迷い込んだ神々の世界を、ユニバーサルな視点で端的に表現している。そこにデザインの関係性は時代も含めてない。だが、現実の日本と対比する外の世界を絵的に楽しませる宮崎駿監督の力量が素晴らしい。また、アニメ表現で最も感銘を受けたのが、千とハクが手を繋ぎ庭の花壇の間を駆け抜けるカットだ。画面の右と左に流れ映る花々の美しさ。10歳の少女の為に創作したアニメらしいキャラクターもいい。特にカオナシの食欲・物欲の旺盛な化け物は、醜い大人社会を象徴して、千の薬で吐き出された中に川に捨てられた自転車がある表現には、環境意識を高めるメッセージになっている。
しかし、この表面上の面白さや両親を救うための千尋の試練の物語が感動的なだけではない。この作品は、女の子が一人の女性に変化する、成熟した証のその時のイメージを映像にしている怖さがある。宮崎駿というアニメ作家が、10歳の少女に対する愛情と理解があって初めて創作できる内容を含んでいると、その意味で圧倒されてしまった。トンネルを抜けると海。両親が見せる大人の姿に感じる違和感。成長してきたそれまでの価値観が崩れる新たな知識と覚悟。そして、生まれてきたことに改めて感謝する精神の自立。ハクが溺れた千尋を助けたエピソードから想像すれば、人が生まれてから健やかに成長し、ひとりの女性として目覚めた時の広い視野と世界観が、この映画の中にイメージとして存在する。ここに、男性作家が創作した驚嘆と感動がある。