オペレッタ狸御殿 : 映画評論・批評
2005年5月13日更新
2005年5月28日より丸の内ピカデリー2ほか松竹・東急系にてロードショー
けっきょく期待どおり、予想どおりの「清順映画」
映画の虚構性を突き詰めてきた鈴木清順。彼のオリジンが“狸”にあったとして、さほど不思議ではなかろうが、それにしても本作は「清順映画」としかいいようのないものだ。今回「原案」と冠せられる木村恵吾監督の諸作なら、60年前の映画とはいえモンド感覚で今なお楽しめる。しかし、その「今」ってやつが曲者で、時代の流行に追随したことなど一度たりともないのが清順という作家であるから、「モンドを企んで作る」なんて邪心のあるはずもなく、おかげで見事に楽しくない(笑)。
チャン・ツィイーが日本語北京語チャンポンで話そうが、薬師丸ひろ子とパパイア鈴木が同一人物であると発覚しようが、腰元勢のひとりに過ぎない浦嶋りんこが出演者の誰よりも目立っていようが、設定の機微なんてものは全部ぶっ飛んでしまって、けっきょく期待どおり(=予想どおり)の「清順映画」に収まっている。この映画の中で唯一“本物らしくある”ことを意図して作られたCG映像の美空ひばりも、不気味なほどの出来のよさゆえ見事に浮きまくり、虚構性をいや増す始末。そもそも、カッコ良かったり奇抜だったりとんでもなかったりはしても、普通の意味で“楽しい”映画など清順作品にあっただろうか? 昔ながらの「狸御殿」を望むなら、彼に任したこと自体が間違っているのだ。
(ミルクマン斉藤)