「育児放棄のターニングポイントは、息子が笑った瞬間だった。」誰も知らない ソビエト蓮舫さんの映画レビュー(感想・評価)
育児放棄のターニングポイントは、息子が笑った瞬間だった。
私は育児放棄の家庭ではなかったので、
主人公や兄弟達の内面的なところは、遠く理解が及ばないのだろうけれど、
親ガチャに失敗した、毒親を持つ息子、という共通点はあったので、
鑑賞中は開始1分直後から昔の事を思い出し、
塞がったはずの心のかさぶたを、強引に引っ剥がされた心地になり、
痛くて痛くてどうにもならなくなった。
冒頭からラストまで2時間強の間、強目の胸糞具合を味わうヘビーな内容だった。
印象深かったのは、母親が泥酔して深夜に帰宅し、寝ている子らを起こすシーン。
私の場合、それは母ではなく父だったが、深酒して叩き起こされ、
愚痴なのか説教なのか教訓めいたものかわからないが、延々と聞かされる苦行。
端的に言えば、親の吐き出したいエゴを、逃げ場無く押しつけられている、あの空虚な時間帯。
理屈としては、翌日シラフの時に伝えたい事を伝える方が効率的なのだが、
酒の力を借りてしか親は吐き出せないので、
親からすれば、そのタイミングでないと意味がないわけだ。
子の為に起こして語る行為というのはハリボテの建前、
実際は親自身が酔いしれている自分の為に、子の睡眠時間を搾取してるに過ぎない。
次に印象深いのは、母と息子でファストフードにいて、息子が意を決し、
「学校に行かせてくれ」と母に願い出たのに、母親がゴネて屁理屈並べ、
言い訳で誤魔化すシーン。
学校に行かなくても偉くなった人はいる、と母は強弁するのだが、
田中角栄とアントニオ猪木の名前を出すと、
息子は、角栄の名前が出た時はムスッとしたままだったが、
猪木の名前を出した途端、不意をつかれたのか、笑ってしまうのだ。
教育を受けさせる義務を、親として果たさない、毒親である母親に対し、
息子として毅然と怒りを表明してるにも関わらず、
自然の流れで瞬間的に許してしまうシーン。
これも毒親あるあるで、共感しかないエピソードだ。
そもそも、親が子を叱りつけるのは当たり前だが、
子が親を叱りつけたり、たしなめたりする事は、異常な出来事、
つまり「おかしな構図の現象」なのだ。
ただでさえ、異常でおかしな構図の現象中に、ボケの文脈で猪木の名前が飛び出すと、どうなるか。
笑ってしまうのだ。
冗談めいて軽口を言い合う「本来」の「正常」な構図の、
親子の会話に戻って、ふと我に帰る。
その瞬間が「猪木」というワードが出た時であり、
正常に戻って気が緩み、笑って許してしまう。
だって親子なんだから。
これは、上司と部下の関係でも同様だ。
上司が部下を叱るのは正常であり、部下が上司を叱るのは異常である。
異常な逆転構図の中で、気が緩む何かが発生すると、正常に戻る。
戻った途端、さっきまで異常だった事がおかしな事だと気づき、笑う。
笑うことは許したも同然になる。
だって本来の上下関係なんだから。
異常状態=緊張
異常→正常=緩和
「緊張と緩和」という、お笑いの王道テクニック。
笑ってしまうと、怒っている前提が崩れる。
つまり、許さないという前提が崩れたら、それは、許すことと同義なのだ。
例え話。伊集院光がアンタッチャブルのザキヤマに、
伊集院の自宅にて、ザキヤマの遅刻の多さにガチギレした事があった。
この人でなし!家から出てけ!と伊集院がキレたのだ。
ザキヤマはしょんぼり、伊集院宅を去った。
数十分後、クリスマス時期だったのか、
トナカイの格好に変装し、ザキヤマが再度伊集院宅に現れた。
それを見た伊集院は「ふざけてんのかお前」と更に激怒したが、
ザキヤマは「人でなしなんで、人間辞めて、トナカイになりました」と答えた。
伊集院は笑ってしまった。
すると伊集院の妻が出てきて、
「あなた、もう笑ったんだから、ザキヤマを許してやんなさい。今許さないと、あなたがダサくて人でなしよ。」
伊集院とザキヤマは、和解した。
息子柳楽優弥は、母親YOUの冗談めいた返しに、笑ってしまった。
切実な訴えとして、教育を受ける権利を主張したのに、その瞬間、許してしまったのだ。
そして、「怒る→許す」を繰り返しても、毒親というのは絶対に変わらない。
許されたので、自分の愚行を自省改善する必要がなくなったのだ。
ダメな親を持つと、ある年齢以上の子供は、自分がしっかりしないとと、
やけに大人びたりするものだが、
大人びた子供を見た毒親は、それに甘えてもっと酷くなるものだ。
ゆえに、育児放棄は改善されない。
私と父も、同じ関係だった。
酒乱の父を何度も何十回も、その都度「許してしまった」。
親子の良いところでもあり、悪いところでもある。
その結果、私が大人になったら、父親を許す事を諦めた。
絶縁したのだ。
育児放棄の問題を2004年当時切り込んだこの作品は、紛れもなく社会派映画であり、
2025年現在は、もっと深刻な状況に晒されている。
貧困家庭が増えたからだ。
そして、親側の倫理観の欠如が、もっと広がっているに違いない。
子供がおかしくなるのは、いつだって、大人のせい。
あの瞬間、母親を許してしまったから、母親は帰って来なかった。
物語のターニングポイントだった。それ以降、4人の子らは迷走してしまう。
頼るべき大人を見失ってしまい、最悪の事態にまで進んでしまう。
息子の、兄弟離れ離れになるのを最優先に避けたい心情も、わからなくもないが、
小学生じゃ無理な判断だわな。
とにかくこの母親役のYOUは、心底憎たらしい。
00年代の映画で、5本の指に入るラスボスの1人だ。
良かった演者
柳楽優弥
YOU