「愛はすべてではない」誰も知らない とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
愛はすべてではない
母からの手紙「愛している」…って怒りで言葉も見つからない。この母なりに愛しているのだろうけど、相手の幸せ考えない愛って何?自己満足でしかない。だからくず男しか掴めないんだ。
やりきれないのはそういうのを愛と勘違いしている人がなんと多いことか。子供はその「愛している」にすがるしかない。
子どもから子どもである時間を奪ってはいけない。
本当に心に衝撃を受けると涙も出ない。ただただ、胸の奥、みぞおち辺りがキリキリと傷み、ズシンと重くなる。そして明の、京子の、しげるの、ゆきの顔がリフレインする。
たくさんの「誰も知らない」が描かれ、考えさせられる。
例えば公園の場面。ボロボロの服を着て洗濯している。その向こうでテニスに興じている大人。自分の趣味に集中して子どもの危機に気がつかない。この子らの母と一緒。
紗希の親は何しているの?紗希が明の家に泊まり込んでも放置?
万引きする中学生。親は子の行状知らずに放置。
それに比べれば、万引きの冤罪晴らしてくれたコンビニ店員の顔を見て、多分、裏切っちゃいけないと、やっとできた友人からの誘惑に耐える明。かっこいいよ、明。よく我慢したねと抱きしめたいよ。ちゃんと心が繋がっている。
明達の母は恋に走ったけど、現実にこういう親はいるし、仕事を理由に子供の存在を自分の心から消している親もいる。生命の危機こそないけれど、存在をネグレクトされる子供達、親の都合のいい時だけかまわれる子供達は増えている。
恋をしちゃいけなんじゃない。仕事をしちゃいけないんじゃない。いけないのは子の存在を心から消すこと、子の気持ちを無視すること。
「4人一緒に暮らせなくなる」子供にとっては家族=自分の基盤。引き離されて、未知の世界にたった一人で放り出されるのは怖い。この生活は私達からは悲惨だけど、彼らには馴染んでいる世界。大人から見れば、刹那的で、先の見通しなんて考えられない行為に見えるけど、それ以外の生き方知らないんだもの。それ以外の未来なんて知らないんだもの。
『It』と違って、明達にはお互い思いやって喧嘩して経験を分かち合う兄弟がいた。
その自分の分身と引き離される。その痛みを子供に強いるのか…。
児相に通告して、自分の目の前から消してしまえばそれで終わり・メデタシなんかじゃない。
「リアリティを感じさせない」「深みがなくなっている」という映画レポートを読んだことがあるが、何を持ってリアリティだとしているのだろう?下書きとなった事件と違うから?子供達の生活が楽しそうで、現実感がない、ファンタジーのようだ、だからリアリティがないと?
ネグレクトされた子供、自分を大切にされた経験がなくペットのように扱われた子供と関わったことがある方なら、この映画はそういう子どもたちのリアリティを描き切っていると言うはずだ。被虐待児の心理を多少勉強した人なら、この現状を「解離」「離人感」「スプリット」とかいう言葉で説明するかな?
明達は生まれた時からこの生活で生きてきた。この生活以外は知らない。学校にも行っていないし。TVは観るけど、私達がTVのニュースで戦争を見るようなもので、そちらこそ現実感がない。その限られた生活の中で、楽しみを見つけ笑い、喧嘩し、生きている。その日常生活のリアリティがあふれている。
映画なのだからドラマ化せよ?確かにね。ドラマにならないと注目されない。以前、ある国で虐殺が日常的に行われていることを取材してほしいと報道機関に持ちかけたことがある。その時言われた。「日常的な場面をニュースで流しても誰の目にもとまらない。なにか事件はないですか?」事件にならないと報道はされないし、注目もされない。
この手のネグレクトだって日常ありふれている。でも「誰も知らない」気づかれない。そんな中でもこの子たちは一生懸命生きている。その存在を記録しておきたかったと監督はおっしゃっていたと思う。これは1つのメッセージだと思う。その辺をどうくみ取るかは観る側の感受性の問題なのかな?
音楽もとても良かった。彼らをこの音楽で胸に包み込みたくなる、そんな不思議な感覚。あえてゴンチチさんを起用したセンスに乾杯。
こういう作品を世に出して下さった監督他に感謝します。
YOUさんにも感謝。初女優作品によくぞこの役を選んでくださった。子どもたちと真剣に向き合って、子どもたちが本気でYOUさんと楽しんでいるシーンがあったからこそ、その後の放棄が痛々しかった。
…何ができるのだろう。それを考え続けることが第一歩。