長い散歩 : 映画評論・批評
2006年12月12日更新
2006年12月16日より渋谷Q-AXシネマほかにてロードショー
徐々に狭まっていく心の距離を触覚的に演出
これほど走る緒形拳を見るのはいつ以来だろう? 天使の羽根をつけた少女を追いかける最初のコンタクトから、緒形拳演じる老人は、少女との(心の)距離を接近させようとする。幼児虐待を受けた少女の心はちりぢりになっており、老人と子どもの散歩ならありふれた風景なのだが、なかなかお手々をつないで歩くことは許されない。その徐々に狭まっていく距離感を、すこぶる触覚的に見せていく奥田瑛二の演出には天性のものを感じる。
また、ファミレスでアツアツの鉄板にのったハンバーグを「痛い」と言って拒否される最初の食事から、やがて温かい食べ物を受けつけるようになるまでのくだりは、脚本に心がほどけていくさまが周到に書き込まれていて、トリュフォーの「野生の少年」のようなピュアな感動を感じる。幼児虐待の忌まわしい事件は今年秋田で2件起こったが、小さな心をそこまで“非人間化”してしまうのか!
緒形拳の圧倒的存在感、少女役の杉浦花菜の無垢な感受性がフィルムを通してひしひしと伝わってくる。母役の高岡早紀の色香、道すがら出会う青年役の松田翔太の豊かな感性が、この世の“けがれた心”を捨てに行く2人の道行きを彩る。ラストのUAの歌とともに、2人の美しいハグが瞼に焼き付くのだ。
(サトウムツオ)