「希望が絶望に変わっても」ミリオンダラー・ベイビー Cape Godさんの映画レビュー(感想・評価)
希望が絶望に変わっても
総合:90点
ストーリー: 90
キャスト: 95
演出: 90
ビジュアル: 85
音楽: 85
もちろん単純なボクシングの成功物語でもないし、またただの悲劇とか倫理観の問題提起をする映画でもない。他からの愛を得ることができなかった過去の暗い影を漂わせながら、それでも汚れた世界の中で汚れることなく精一杯努力し続ける気高く清き魂を持つ人々。その心のつながりを描いた人劇劇の優秀作。
社会の底辺で不幸の星の下に生まれそれでも努力し続ける女性ボクサーのマギーと、選手を育てる能力はありながらビジネスセンスのない不器用な場末の貧乏ボクシング・ジムのオーナーのフランキーと、ジムの雑用係をしているかつては才能があったが花開かなかった不運の元ボクサーのスクラップ。
映画の多くの場面でどんよりとした陰気な映像が漂うのは、わざと暗いジムの中とか家の中での撮影が多いせいだろうか。三人はそれぞれに不幸な過去を持つだけでなく、辛い今を精一杯生きている。マギーはウエトレスをしながら客の食べ残しを持ち帰り食べ、スクラップは穴の開いたソックスをはき続け、フランキーはそんな彼に十分な給与を払ってやれない。その中でやっと目標や希望が現実のものになりそうなとき、訪れる突然の絶望。
マギーは体を動かすことが一生できず、数ヵ月後にやっと見舞いと称して観光ついでに訪ねてきた家族は金の話しかせず、その後でかつてはフットワークを鍛えた足まで切断されてもまだフランキーの前では泣くこともせず取り乱すところも見せない。尊厳死についての賛否や議論はあるし、この映画もそれで反対運動があったりしたようだ。ただ単純に「何があっても生きるべきだ」としか言わない人もいるだろう。しかしあれだけの人生を歩んだ人があの状態になったならばやむをえないと思う。不幸の上に人生を賭けた努力を積み重ねた人にしかわからないものが、この世にはある。
マギーの家族の話は、貧困層のすさんだ家庭ではよくある話だろう。最後にフランキーがマギーの死への望みをかなえることを決意したとき、彼は彼女と共に行く事をもまた決意したのだろう。最後にスクラップが書く、フランキーが長い間会うことがなかった娘への手紙が、フランキーがいかに生き、そしていかに死んだのかをほのめかす。
決して幸福とはいえなかったが、やっと心のつながりを見つけた人たちのせつない物語。自らの不幸を究極の努力でもってしても克服できなかった人々にとって、このような魂のふれあいこそが人生で獲得できた最高のものであったとも言える。
最後の試合で対戦相手のした反則だが、あれだけのことをすれば普通は厳罰となるだろうし、そこには映画では触れられることがない。しかしそれは映画の物語上の演出としてとらえたい。