愛のエチュード : 映画評論・批評
2001年8月15日更新
2001年9月1日より銀座テアトルシネマ、シネセゾン渋谷ほかにてロードショー
悲劇は生きるものに勇気を与えてくれるものでもある
理想郷のように美しい風景画の中で次第に壊れていくひとりの男と、信念をもってその男を愛するひとりの女。原作は「ロリータ」などの亡命作家ナボコフ幻の初期小説といわれる「ディフェンス」から。チェスを始めてから9263日と4時間5分、人生にチェスしかなかった男が湖畔で恋に落ちる。幼少時から積み重ねられたトラウマの重圧を抱えながら、彼は恋をする。ポケットに開いた穴を繕うかのように、心の穴を埋めようとする。けれど彼の魂はガラスのチェス駒のように繊細な感情しか持ち得ない。大切なものを大切に扱う術を知らない。唯一無二の才能を持ちながらもチェスは男の体を蝕んでいく。最強のディフェンスは最高の攻撃になるはずであったのに、運命は男に安息を与えない。映画は悲劇という着地点に向けて物語を転がらせていく。けれど映画は、人生においては短い出会いであったかもしれないが、彼らの心の揺れ動きは胸を掻き毟らんばかりの切なさを醸造し、確かな魂の結び付きは生涯、いや生涯を越えてもなお続いていくことを予感させるラストを用意している。悲劇は哀しみをもたらすばかりではなく、ときには生きる者に知恵と勇気を与えてくれるものでもある。
(大林千茱萸)