クリムト : 映画評論・批評
2006年10月24日更新
2006年10月28日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー
迷宮を彷徨う中で現実と幻想、本物と偽物の境界が消え去る
ラウル・ルイス監督の「クリムト」は、グスタフ・クリムトを題材にしているが、この画家の生涯が時系列に沿って描かれるような伝記映画ではない。映画の導入部でクリムトは死の床にあり、彼の脳裏には過去の出来事が奇妙な夢のように甦ってくる。ウィーン社交界の花形としてたくさんの女たちに囲まれるクリムトは、パリ万博で“宿命の女”レアに出会い、クリムトの絵の背景に描かれた死神を想起させる謎の男に導かれるように、美しい女優の幻影に溺れていく。
この映画では、鏡のイメージにルイスのこだわりが表れている。鏡は過去への入口となる。クリムトは、映像作家メリエスが作った偽のニュース映画で最初にレアと出会い、虚構を模倣するように生身のレアと対面する。そしてその晩、ある屋敷で彼女と再会する時には、マジックミラーの向こう側で彼自身がクリムトを演じ、途中で入れ替わる女たちの中にレアという幻影を追い求めている。
鏡のイメージが作り上げる迷宮のなかでは、現実と幻想、本物と偽物が入れ替わり、その境界が消え去り、現実や本物は意味を失う。クリムトは、自己のアイデンティティすら揺らぐ迷宮を彷徨い、本物の解放としての死に至るのだ。
(大場正明)