劇場公開日 2006年2月25日

「【78.3】県庁の星」県庁の星 honeyさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 【78.3】県庁の星

2025年7月20日
iPhoneアプリから投稿

映画『県庁の星』は、高知県庁のキャリア公務員が民間スーパーに出向するという、大胆かつ斬新な設定を核に据えた作品です。行政組織の硬直性と、民間企業の顧客志向という対照的な世界を描き出し、その中で生まれる摩擦、そして学びを通じて**「変革の必要性」と「働くことの本質」**を問いかけます。主人公・野村聰が、エリート意識を打ち砕かれながらも、現場の汗と知恵に触れて成長していく過程は、多くの観客に強い共感を呼び、示唆に富んでいます。
本作は、公務員組織にありがちな前例主義や縦割り行政の課題をユーモラスかつ的確に描写する一方で、民間企業の顧客への真摯な姿勢や効率性を活写しています。物語は、単なる個人や組織の改革にとどまらず、異なる価値観を持つ人々が交流し、歩み寄ることで生まれる人間ドラマを描いている点が特徴です。ただし、劇中での問題解決が、現実の複雑な組織改革に比べてやや理想的に、スムーズに進みすぎるという点は否めません。それでも、そのポジティブで明快なメッセージ――「変化を恐れるな」「市民のために何ができるか」――は、現代社会における行政や組織のあり方を問い直し、観客に勇気と活力を与える力を持っています。社会性と娯楽性を高次元で両立させた、見応えのある良質な作品と言えるでしょう。
西谷弘監督の演出は、物語の核心である**「異文化交流と個人の変革」**というテーマを、時にコミカルに、時に情感豊かに描き出します。特に、主人公・野村聰がスーパーの現場で悪戦苦闘し、戸惑いながらも、次第に仕事への情熱と顧客への思いを育んでいく過程を、細やかな人物描写で丁寧に追っています。彼の失敗や汗、そして少しずつ変化していく表情は、観客が感情移入しやすいよう丹念に演出されており、キャラクターの内面的な成長が説得力をもって伝わります。
監督は、県庁の形式的で落ち着いた雰囲気と、スーパーの活気と混沌、そして顧客との直接的な触れ合いを鮮やかに対比させ、野村が置かれた状況や、彼が直面する価値観のギャップを視覚的に強調しています。また、登場人物それぞれの個性や立場を明確にし、彼らの言動を通じて組織文化の違いや人間関係の機微を表現。過剰な説明に頼らず、キャラクターの行動や表情、環境の変化から物語を語らせるスタイルは、観客が自ら考察し、感情を揺さぶられる余地を残しています。活気あるスーパーの描写は単なる背景ではなく、登場人物の感情や行動を促す舞台装置として機能し、リアリティとエンターテインメント性の絶妙なバランスを保っています。西谷監督は、社会的なテーマを重くしすぎず、親しみやすいエンターテインメントとして成立させる、巧みな手腕を本作で存分に発揮しています。
織田裕二が演じる高知県庁のキャリア公務員・野村聰は、彼の真骨頂とも言える熱量と人間味を存分に発揮しました。序盤のエリート然とした自信過剰な態度は、民間スーパーでの慣れない肉体労働や、顧客からの理不尽な要求に悪戦苦闘する中で、徐々に戸惑い、そして謙虚さへと変化していきます。織田は、汗を流し、泥臭く仕事に取り組む野村の姿を、時にコミカルに、時に真剣に演じ、これまでのエリート像とはかけ離れた人間的な成長を説得力を持って表現。特に、スーパーの従業員たちとの交流を通じて、彼らが持つプロ意識や仕事への情熱に触れ、自身の価値観が大きく揺さぶられる内面的な葛藤を、繊細な表情の変化や、不器用な笑顔、そして時折見せる情熱的な眼差しで伝えます。県庁に戻ってからの、周囲の抵抗に遭いながらも、民間での学びを活かして改革に邁進する姿勢は、観客に強い共感と応援の気持ちを抱かせます。織田裕二は、野村聰というキャラクターを、単なるヒーローではなく、私たちと同じように悩み、成長する等身大の人間として描くことに成功し、物語の説得力を大きく高めています。
柴咲コウが演じるスーパーのパート従業員・二宮あきは、野村の成長に不可欠な存在です。彼女は、庶民感覚と、仕事に対するブレないプロ意識、そしてお客様への真摯な思いを持つキャラクターであり、柴咲はこれを自然体かつ魅力的に表現しています。野村の的外れな行動や発言に対して、時に厳しく、時に優しく、そして冷静に接することで、彼を導く役割を担います。柴咲は、日常業務をこなしながらも、お客様の笑顔のために工夫を凝らすあきの真摯な姿勢を、過度な感情表現に頼らず、目の動きやちょっとした仕草で巧みに伝えます。野村との間に芽生える信頼関係や、次第に変化していく二人の距離感を、細やかな演技で表現することで、物語に温かい人間ドラマの奥行きを与えています。彼女の飾らない演技が、作品にリアリティと共感性を与え、観客はあきを通じて、**「働くことの尊さ」**を再認識させられるでしょう。
佐々木蔵之介演じる県庁の同僚・西村康男は、組織の保守性や変化を嫌う公務員の典型を、コミカルかつリアルに体現しています。彼の演技は、単なる抵抗勢力に留まらず、その裏にある**「安定」や「前例主義」への盲目的な信頼**、そして変化への漠然とした不安をも感じさせます。佐々木は、野村の突飛な言動に眉をひそめ、時に皮肉を込めた言葉を放つことで、二人の対立構造を鮮明に描き出します。しかし、物語が進むにつれて、彼の中にも少しずつ変化の兆しが見え始める様を、大げさではない、繊細な表現で示唆しており、観客に西村というキャラクターへの複雑な感情を抱かせます。彼の存在が、野村の改革がいかに困難であるかを際立たせつつ、同時に組織内での小さな意識変革の重要性をも示しています。
井川比佐志が演じるスーパーの店長・清水寛治は、野村聰が配属される「満天堂」の責任者です。彼は、一見すると頼りなく、どこか飄々とした雰囲気を持つ人物として描かれますが、その内には、経営が厳しいスーパーを長年守り続けてきた現場の人間としての愛情と、静かな責任感を秘めています。井川は、多くを語らずとも、その表情や佇まいから、店の存続に対する複雑な思いや、従業員への温かい眼差しを表現。野村の理想論や改革案に対し、直接的な反発ではなく、現実の厳しさや現場の論理を、時にユーモラスに、時に諦めを含んだ態度で示します。彼の存在は、野村が机上の空論ではない「現場のリアリティ」を学ぶ上で重要な役割を果たす、愛すべきベテラン店長として描かれています。井川比佐志の円熟した演技は、清水店長というキャラクターに、人間的な深みと、静かながらも確固たる存在感を与え、観客に深い印象を残しています。
益岡徹が演じるのは、スーパーの副店長・浅野卓夫。彼は、清水店長を支え、現場の業務を実質的に回している現実的で真面目な人物として描かれます。益岡は、野村の突飛な行動や提案に対し、冷静かつ合理的な視点から意見を述べ、時に厳しい現実を突きつけます。しかし、単なる抵抗勢力ではなく、店の存続と従業員の生活を真剣に考える、現場のプロとしての責任感を強く感じさせる演技を披露。彼の存在は、野村の改革が、机上の理論だけでは通用しない現実の壁に直面することを象徴しており、物語に奥行きとリアリティを与えています。益岡徹の演技は、浅野副店長というキャラクターに、誠実さと、現場の苦労を知る者としての説得力をもたらしています。脚本は、「公務員が民間に出向して学ぶ」という斬新な切り口を、非常に分かりやすく、そして魅力的な物語へと昇華させています。主人公・野村聰が、これまでのエリート街道とは異なる「現場」の厳しさと温かさに触れ、人間として、また公務員として大きく成長していく過程が、物語の主軸。民間スーパーでの顧客サービス、商品の陳列、在庫管理といった具体的な業務を通じて、野村が「市民の目線」を獲得していく様は、観客にとって非常に共感を呼びやすいでしょう。
物語は、単なる職場改革の物語に留まらず、野村とパート従業員・二宮あきとの人間的な交流を深く描くことで、人と人との繋がりが生み出す変革の力を強調しています。県庁に戻ってからの野村の奮闘は、民間での学びを行政組織に持ち込むことの難しさと、それでも諦めずに挑戦し続けることの重要性を提示しています。
しかし、ストーリー展開において、一部の課題解決がややスムーズに進みすぎる印象も否めません。現実の組織改革が直面するような、より複雑で多岐にわたる抵抗や、長期的な視点での粘り強い交渉などが、もう少し詳細に描かれていれば、物語のリアリティは一層増したでしょう。それでも、**「変化を恐れるな」「市民のために何ができるか」**という明確なメッセージは、現代社会において非常に重要であり、多くの観客に勇気と希望を与えます。脚本は、社会的なテーマを、難解にせず、親しみやすいエンターテインメントとして提供することに成功しています。
映像は、対照的な二つの世界を巧みに描き分けています。高知県庁のシーンは、抑制された色彩と、整然とした空間で、公務員組織の持つ堅実さや、ある種の閉鎖性を表現。対するスーパーのシーンは、鮮やかな色彩、活気ある人々の動き、そして商品が並ぶ賑やかさで、民間企業の顧客志向とダイナミズムを視覚的に伝えています。
美術は、それぞれの場所の細部にまでこだわりが見られます。スーパーのバックヤードの雑然とした雰囲気や、商品の並べ方一つ一つに、現場のリアリティが宿ります。県庁内の職員室や会議室も、実際に存在するような生活感を醸し出し、作品世界への没入感を高めています。衣装もまた、登場人物のキャラクターを際立たせています。野村の出向前後のスーツ姿の変化や、スーパーの制服、二宮あきの動きやすさを重視した服装など、それぞれの立場や心境を巧みに表現しており、視覚的な情報からも物語を読み取ることができます。全体の色彩設計や美術の作り込みが、物語の背景を豊かにし、観客に作品世界への説得力を与えています。
編集は、物語のテンポとリズムを巧みにコントロールし、観客を飽きさせません。野村がスーパーでの業務に悪戦苦闘する場面では、カットの速度を上げることで、彼の焦りや戸惑いを表現し、同時にコミカルな要素も引き出します。一方で、彼がお客様と心を通わせる場面や、二宮あきとの関係性が深まる場面では、やや長めのカットを用いることで、情感やキャラクターの内面を丁寧に描いています。
県庁とスーパー、二つの舞台を行き来する物語の構造において、スムーズなシーンチェンジは観客の集中力を途切れさせない重要な要素です。編集は、この切り替えを非常に自然に行い、物語の流れを損ないません。特に、野村が民間での経験を県庁で活かそうとする際の、過去のスーパーでのシーンがフラッシュバックするような編集は、彼の成長を視覚的に強調し、物語に奥行きを与えています。全体として、編集は物語のメッセージを効果的に伝え、観客の感情の起伏を巧みに誘導する役割を果たしています。
音楽は、物語の感情的な起伏を増幅させる強力な要素として機能しています。作曲家・佐藤直紀による音楽は、主人公・野村の奮闘を鼓舞するような力強くポジティブな楽曲から、彼が民間での温かい人間関係に触れ、心が変化していく様を彩る優しいメロディまで、非常に幅広い音調を持っています。特に、野村が壁にぶつかり、それでも前向きに進もうとする場面で流れる音楽は、観客に勇気を与え、物語への感情移入を深めます。
音響デザインもまた、作品のリアリティを高めています。スーパー内の賑やかな喧騒、レジの音、商品の陳列音といった日常的な音が丁寧に捉えられ、現場の活気を伝えています。県庁内の静かで事務的な音との対比も、二つの世界の異なる空気感を際立たせる効果を生んでいます。音楽、音響ともに、作品の世界観を深め、観客の心に響く体験を提供しています。

作品
監督 (作品の完成度) 西谷弘 109.5×0.715 78.3
①脚本、脚色 原作 桂望実 脚本 佐藤信介 B+7.5×7
②主演 織田裕二B8×3
③助演 柴咲コウ B8×1
④撮影、視覚効果 山本英夫
B8×1
⑤ 美術、衣装デザイン B8×1
⑥編集
⑦作曲、歌曲 松谷卓 A9×1

honey
PR U-NEXTで本編を観る