「極度に抽象化されたメロドラマ。一見の価値あり。」花様年華 あんちゃんさんの映画レビュー(感想・評価)
極度に抽象化されたメロドラマ。一見の価値あり。
香港を舞台とした「慕情」の伝統を汲む美しいメロドラマである。ただ、そこはウォン・カーウァイ監督だけあって一筋縄ではいかない。ドラマの骨格は一度解体され新たに組み直されている。我々は極めて斬新なメロドラマを目撃することとなる。
トニー・レオン演じるチャウ氏とマギー・チャンが演じるチャン夫人。配偶者同士が不倫することで彼と彼女は被害者であり共犯者となる。配偶者たちは後ろ姿しか映らず、日本を旅行中との提示はされるがそれ以上の詳細は分からない。有夫有妻という立場のみが記号的に抽出された多分に意図的な仕掛けなのである。そして互いが惹かれ合っていくというのはいかにもメロドラマなのだが、この2人、なんとベッドインどころかキスすらしないのである。つまり恋愛として行き着くところは得られずいったりきたりの関係が続く。具体的には、夜の街角を歩いたり、貸間や屋台につながる階段を登ったり降りたりするシーンが多い。これは美男美女の姿、特にマギー・チャンの美しい肢体を見せるためであるわけで要するに我々は2人のダンスを延々とみているようなものだ。途中からストーリーすら曖昧になり(トニー・レオンが貸間を引き払って移った先、あれはなんだろう?ホテル?)映画としての枠組みを外れて、2人のロンド(輪舞)をずっとみている気分になる。途中、何度か、恋の分岐点になる箇所で、ヒデオが巻き戻しされるようにシーンが二度繰り返される部分がある。先に進むにあたってどちらが主となりどちらが従であったかが二通り示されるわけだがもはやそんなことはどうでもよく、ダンスは続くのである。
ウォン・カーウァイは、少なくとも恋を描くにあたっては、ややこしい脚本は必要なく、美しい男女(もちろん男男でも女女でもよい)と美しい音楽があれば充分であることを証明してみせた。
音楽については、ラテンの名曲「キサス・キサス・キサス」やタイトルになった香港の流行歌「花様年華」も効果的に使われているが印象的な主題歌は梅林茂の「夢二のテーマ」。これは古典になった。