劇場公開日 2004年10月30日

「行儀良さに窒息するヒューマニズム」隠し剣 鬼の爪 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

2.5行儀良さに窒息するヒューマニズム

2022年3月9日
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お上の横暴に立ち上がった一匹の侍。果たして彼に明日はあるのか!?…と生死の断崖をふらつくようなモーションを取りながらも結局受け手のことしか考えていない親切で予定調和な物語は山田洋次(+朝間義隆)っぽいといえば山田洋次っぽいが、何か物足りない。

山田洋次が元来持っていた親切さとは、もっと無茶苦茶で自分勝手なものではなかったか。うまくいかなさやぎこちなさが当たり前に存在していて、それらが大雑把だが慈愛に満ちたヒューマニズムによって無根拠に肯定されるような、例えるなら『男はつらいよ』の寅さん的な親切さ。

それに比べると本作は行儀が良すぎる。善と悪を決然と二分し、それぞれに然るべき賞罰を与えようという理知を感じる。しかし理知があまりにも前に出すぎているせいで感動するより先にシラけてしまう。

加えてビミョーなのが片桐宗蔵の人物造形。彼は教養豊かで思慮深く、女中や旧友に対するリスペクトを欠かさない、まさに人徳の権化といったところだが、そのせいで彼の発揮するヒューマニズムはかえって迫真性を欠いている。

寡黙という点において彼は『幸福の黄色いハンカチ』『遥かなる山の呼び声』の高倉健とも似ているはずなのに、行動・言動の説得力に大きな差があるのはやっぱり演者の力量の問題なんだろうか。

また思慮深い人物として描かれすぎているせいで、一度フッて田舎に帰らせた女とヨリを戻すというラストシーンが女性の主体性を度外視したマッチョ的横暴に映ってしまっていたのも残念。ふだんから女性蔑視的な言動が多い寅さんのほうが、概して見ればむしろマシという悲しい逆転現象が起きている。

山田洋次は好きな監督の一人ではあるけれど、この時期以降の、やや俯瞰気味な態度で制作された作品はあまり好きになれない。自己言及やメタフィクションが横溢する時代にあっては、ゼロ距離から真摯に人間を撮り上げられる映像作家のほうがむしろ少ないのだから、山田洋次はそれ以前までの荒っぽいヒューマニズムのマインドセットを大切にしてほしい、と個人的には思う。

因果