花よりもなほ : 映画評論・批評
2006年5月30日更新
2006年6月3日より丸の内ピカデリー2ほか全国松竹・東急系にてロードショー
「誰も知らない」の監督が挑む人情時代劇
意外とも思える是枝監督の初時代劇だが、もともと時代劇好きで、大学の卒論は時代劇の脚本論だったとか。それがテレビ制作会社に入ってドキュメンタリーの世界へ入り、劇映画を作る前にまず、生身の人間を知ることの大切さを知ったという。そして長編5作目で辿り着いた時代劇。寄り道は無駄ではなかったのではないか。長屋の個性的な人間が多数登場するこの人情喜劇において、1人も埋もれてしまうことなく、キャラクターが生きている。
仇討ちのために江戸に来たはずの宗左衛門(岡田准一)だったが、ひょうひょうと生きる貞四郎(古田新太)、何度も切腹を試みるが死にきれない次郎左衛門、そして美人未亡人(宮沢りえ)らと出会い、心境に変化が現れる。決して裕福ではないが、明るく、前向きに、逞しく生きる住人たち。是枝監督は、前作「誰も知らない」の後だったので明るい映画を撮りたかったそうだが、人間を捕らえる視線の優しさや、この映画を見た後に感じる温かさは、是枝監督の長年の人物観察で辿り着いた末の人間賛歌なのだろう。
正直、これだけ上手い役者を揃えたのはズルいとも思うのだが、彼らのバランスを巧みにとったのは監督の手腕。時代劇という新しい試みに挑んだ志と共に評価したい。
(中山治美)