最愛の夏 : 映画評論・批評
2000年10月1日更新
2000年9月30日よりシネ・ラ・セットほかにてロードショー
台湾映画界を担う若手監督の珠玉作
キャストがアマチュアの役者で占められた映画というと、撮影現場における偶発的、即興的な要素を重視した作品であるような先入観にとらわれがちになる。しかしチャン・ツォーチ監督はこの映画で、現場のリアリティではなく、登場人物たちの過去や記憶にこだわり、独自の世界を作り上げている。
盲人の両親や知的障害のある弟と暮らし、大陸から来た外省人であるために疎外される若者に恋するヒロイン。チャン監督は、このヒロインと彼女を取り巻く人々との絆の変化を、追想という行為を通して描きだす。
死期が近いことを悟った彼女の父親は、大切な記憶をもう一度自分の肌で確かめようとする。彼女が恋する若者は、人気のない海で空に小石を打ち上げながら、いまは亡き母親に想いを馳せる。彼女の弟はオモチャの携帯電話で、姿を消してしまった人々に語りかける。この人が過去をいつくしむ行為の本質には、もはやハンデも疎外もなく、そこからは表層的な現実とは異なる物語が見えてくる。
前だけを見つめてきたヒロインの夏がやがて大切な記憶に変わるとき、彼女は自分なりに過去とともに生きる道を切り開き、大人へと成長を遂げているのである。
(大場正明)