劇場公開日 2006年12月9日

敬愛なるベートーヴェン : 映画評論・批評

2006年12月5日更新

2006年12月9日よりシャンテシネほかにてロードショー

偉大な楽聖の心の奥底、そして創作の神髄に迫った力作

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ベートーべン晩年の大作「第九」完成の裏には、ひとりの若い女性の尽力があった……。そんな創作秘話の形をとったこの映画は、その設定自体がフィクションであり、伝記ドラマとしても決してオーソドックスな作りにはなっていない。ところが、これが実に見応えある力作なのだ。情に流されないシビアな演出に定評あるポーランドの名監督アニエスカ・ホランドが、作曲家の楽譜を清書する写譜師(コピスト)であるアンナという架空のヒロインの目を通して、偉大な楽聖の心の奥底に迫った。

映画のハイライトは中盤に配置された「第九」の初演シーン。アンナが“影の指揮者”となって難聴のベートーべンをサポートするこのシーンでは、両者の視線と身振りが「第九」の旋律の高ぶりに呼応するかのように絡み合い、その得も言われぬ陶酔感がひしひしと観る者に伝わってくる。ぜひとも劇場で体感すべき名場面である。

しかしこの映画で描かれるふたりの結びつきは、男と女のそれではなく、あくまで音楽の求道者たる師弟の絆である。アンナは極めて聡明な女性だが、作曲家としての才能はベートーべンの足元にも及ばない。それでもアンナはベートーべンの孤独な魂に触れ、彼の創作の神髄を知る。楽譜をコピーすることが職務だったはずのアンナが、図らずも我が身に取り込んでしまったもの。そこにこの映画の核心がある。非情にすら思える結末は、同時にこのうえなく崇高であり、音楽映画として特筆すべき深みに達している。

高橋諭治

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