「【今作は、口数の少ない平凡な理髪師が、退屈な日々から脱走しようとした事で、次々に起こる負の連鎖を、見事な脚本と演出によるシニカルコメディなタッチで淡々と描いた逸品である。】」バーバー NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【今作は、口数の少ない平凡な理髪師が、退屈な日々から脱走しようとした事で、次々に起こる負の連鎖を、見事な脚本と演出によるシニカルコメディなタッチで淡々と描いた逸品である。】
■三席しかない小さな”良く喋る”義兄フランクが営む理髪店に勤めているエド・クレイン(ビリー・ボブ・ソーントン)。
妻のドリス(フランシス・マクドーマンド)は勤め先の百貨店オーナー”良く喋る””ビッグデイヴ”(ジェームズ・ガンドルフィーニ)と不倫関係にある事を薄々知りつつ、妻には何も言い出せずに、入浴中の妻のすね毛を指示の元に剃る日々。
ある日、エドは調子のよいセールスマン・クレイトン・トリヴァー(ジョン・ポリト)からドライクリーニング店のチェーン化の話を聞く。
彼は妻の不倫相手・デイヴに脅迫状を送り、一万ドルの現金を手にするが、そこから悲喜劇が始まって行く。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・物語全体が、抑制したトーンで流れていく。そこに被せられる諦観漂う声のエド・クレインを演じたビリー・ボブ・ソーントンのモノローグが、凄く良い。
彼は、冒頭では人生に何の希望も夢もない平凡な男として描かれている。
咥え煙草を燻らしながら、子供の髪を見て”何故、髪は伸びるのだろう・・。”などとボンヤリと考えている。この男からは、覇気が全く感じられないのである。
・ある日、客に来た禿げ頭に鬘を付けたインチキ臭い”良く喋る”セールスマン・クレイトン・トリヴァーの言葉に乗せられて、ドライクリーニング店のチェーン化のために、”ビッグデイヴ”に匿名で妻との浮気をチラつかせ、一万ドルを得て投資をする。
だが、案の定、それは詐欺で彼は表情を崩さないまま”俺は馬鹿だ。”と呟くのである。そこに、”ビッグデイヴ”から呼び出しがあり、掴みかかられた時に、彼はビッグデイブの葉巻切の小刀で彼の頸動脈を突き刺し、殺してしまう。
・だが、警察は彼の妻ドリスを会計不正と殺人容疑で逮捕し、ドリスは”良く喋る”優秀だとされるウォルター・アバンダス(チャード・ジェンキンス)を付けながらも、アッサリと絞首刑にされてしまう。
実にシニカルな展開である。
登場人物も、寡黙なエド・クレインとは対照的に”良く喋る軽薄な男”が多く、その対比も面白いのである。
・”ビッグデイヴ”の妻アン(キャサリン・ボロウィッツ)が、”全ては宇宙人の仕業である”と真面目な顔でわざわざエドの元に言いに来るシーンなども、コーエン兄弟のがシニカルな笑いが見えるようである。
■今作では、物凄く若いスカーレット・ヨハンソンが、唯一エドの心の慰めになっているピアノ好きな少女バーディとして、登場する。
エドは、彼女に自分と違う人生を送らせたくて、フランス人のピアノ教師に才能を見て貰ったりするのだが、教師からはバッサリと才能はないと言われてしまい、バーディも帰りの車中で、全く気に留める様子もなく、彼にキスをし、あろうことか彼の股間に口を近づけて来るのである。そして、驚いたエドは運転操作を誤り、道路から飛び出してしまうのである。空を飛ぶタイヤのホイールがUFOの様である。
実にシニカルコメディな展開である。
・目を覚ますと、ベッドに横たわる彼の顔の上には3名の顔があり、彼はナントインチキ臭い”良く喋る”セールスマン・クレイトン・トリヴァーの殺害犯として逮捕されるのである。実はクレイトン・トリヴァーを殺したのは、”ビッグデイヴ”であるにも関わらず。そして、エドはその事を薄々知っているのに、それを言わずに裁判に掛けられ、最初はウォルター・アバンダスに弁護してもらうも棄却され、次は無能な弁護士に弁護してもらうがアッサリと死刑判決を受けて、電気椅子に送られるのである。
ー 凄いシニカルで、見事な脚本と演出である。ー
<今作は、口数の少ない平凡な理髪師”正に、原題のように”The Man Who Wasn’t Thereなる男である。”が、退屈な日々から脱走しようとした事で、次々に起こる負の連鎖をシニカルコメディなタッチで淡々と描いた逸品なのである。>