ふたりの5つの分かれ路 : 映画評論・批評
2005年8月16日更新
2005年8月20日よりシャンテシネほかにてロードショー
対置の中で欲望やセクシュアリティが揺らぐ
オゾン監督は、肉体や欲望にこだわり、人間同士の間に生じる複雑な力関係を掘り下げてきた。5話構成で、離婚から恋の始まりへと男女の時間を遡るこの新作でも、力関係の変化が実に巧妙に描き出される。離婚の手続きを終えたジルとマリオンは、ホテルでセックスし、近況を語り合う。そんなエピソードがやがて意味深いものとなるのだ。
続く4話でふたりは、ジルの兄と恋人のゲイのカップル、マリオンの両親、彼女を誘惑するアメリカ人、ジルの前の恋人と対置される。ジルの兄とマリオンの両親は、ふたりの結婚式にも登場し、束縛のない恋愛や夫婦の二面性を象徴する。一方、ジルの両親がどこにも姿を見せないことも暗示となる。オゾンの映画では、そうした対置のなかで、主人公の欲望やセクシュアリティが揺らぎ、あるいは規定され、お互いの力関係が変化していく。
ふたりは、離婚の手続きでは対等だが、ホテルのセックスでは彼が、会話では彼女が優位に立ち、そして決裂に至る。ジルは、前の恋人と同じようにいつしかマリオンに従属し、セックスで自分を誇示するしかなくなっている。穏和な性格のマリオンは、結婚生活で泣きを見ながらも逞しくなり、自立した女になっているのだ。
(大場正明)