劇場公開日 2005年6月29日

「素晴しい大傑作」宇宙戦争 事務員さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0素晴しい大傑作

2013年6月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館、DVD/BD

興奮

知的

インディペンデンス・デイなどで描かれた
「ヒーローが巨大な悪に戦いを挑む」
というわかりやすい構図からは完全に逸脱している。
H.G.ウェルズによる原作小説の持つエネルギーを、
SF映画の巨匠・スピルバーグ監督が高いレベルで映像化して見せた。

主人公は地球人の代表である、ごく平均的なおっさん。
彼は何もしない。
ただ火星人の間近にいて、始まりと終りを目の当たりにしつつ
生き延びて怪我もなかったというだけの、無力で幸運な傍観者。
トム・クルーズの演技は、観客に対する一切の媚びを捨てて、
大災害を乗り越えた人の有り様を表現しているようだ。
この映画の根底には徹底したリアリズムが土台としてあり、
イカサマ的なヒーローはどこにも存在しない。
主人公にできるのは、そして全人類に許されたのは、
ただひたすら逃げることだけ。
その力の差の前には、「宇宙戦争」という題名ながら
一切の戦争は存在せず、観客に対して
まず第一の罠を仕掛けることに成功している。

巨大な生物のように滑らかに動く火星人のパワードスーツ、
「トライポッド」から見ると人類なぞはまるで知的生命体には見えない。
何しろ対等ではない存在なのだから。
彼らは地球人に対して戦争どころか偵察すらせず、
間引き、観察し、採集し、調査を進める。
ここで観客の中には
「あれ?戦争なんだから火星人はもうちょっとマジメにやれよ」
と思う人も多いだろう。
しかし彼らに戦争をしているつもりがあるだろうか?
一方、地球人にわかるのは
「火星人はでかいしサーチライトを使っているし、
たぶん狭くて暗い所にいた方がつかまりにくいんじゃないかな」
ということぐらい。
だから誰もが必死に穴の奥へ隠れ潜み、夜の闇に紛れてまた逃げる。
そして自ら通信手段を失い、奇妙な噂話に翻弄され狂気へと駆り立てられていく。

ストーリーが進むにつれて人はバラバラになり、
人類社会という巨大なシステムは分断されますます無力化していく。
そこに描かれているのは敗北ですらない、まるで消毒された害虫の戯画。
さらに火星人は火星の植物を地球で繁殖させようと実験を始める。
彼らの目的は「惑星火星化(マーズ・フォーミング)」だったのだ!
ここでようやくトライポッドの正体が明らかになる。
あの強力なロボットは戦闘兵器ではなく、
なんと惑星改造用機械だった!
(この辺りは原作に詳しく書いてあります。読んでみてね面白いから。)

しかし火星人は、彼らにとっては全く謎の原因によって死滅してしまう。
それは地球人にはごくありふれた害の無いものだったのだが、
火星人にとっては未知の障害であった。
最終的に彼らはいともあっけなく、まるで馬鹿みたいにコロリと参ってしまう。
そう、私たちは「ささいで無害なもの」だと思ってしまいがちだ。
だが真実は「地球生物の、脅威的な汚染力 & それを上回る怪物的な抵抗力」に
普段のわれわれが気付いていないだけなのだ。
そこに描かれていたのは「人類社会と火星人兵器の戦争」ではなく、
「地球生態系と火星生態系の生存競争」。
地球人だの火星人だのなんてみみっちいレベルを遥かに越えた、
この星に住まう全生命が己の命運を賭けて戦う、宇宙レベルでの大戦争。
まさに "The War of the Worlds" なのだ。

そういった数々のトリックに気付かない観客は
「あれ?間抜けな侵略者に負けたと思ったら敵が勝手に死んだぞ?駄作か!?」
と騒いでいる。
その、自分には理解できないものに悩んで腹を立てている様子は、
まるで火星のトライポッドに襲われる人類か、謎の猛毒に苦しむ火星人のようだ。
そんな人を見るたびに
「ああ、やはりウェルズは天才であった」
と思わずにはいられない。

あとはダコタちゃん。
かわいいけどうるさいね。

事務員