スキャナー・ダークリー : 映画評論・批評
2006年12月5日更新
2006年12月9日よりシネセゾン渋谷ほかにてロードショー
ディック小説の真髄を映像化した初めての作品
これまでのフィリップ・K・ディック原作の映画化作が目指したのは、原作の真髄の映像化ではなく、原作のSF的発想と小道具を使って独自の物語を描くことだった。「ブレードランナー」も例外ではない。が、初めてディック小説の真髄を映像化しようとする映画が登場、しかもそれに成功してくれた。
70年代初頭、ディックは鬱病が悪化して覚醒剤を常用、妻にも去られ、自宅は若いドラッグ常用者達のたまり場になるが彼らは次々に麻薬に倒れる。ディックが死んだ彼らに捧げて書いたのがこの原作。麻薬の囮捜査官は自分自身を捜査する指令を受けて自己崩壊していく。彼を利用するのは敵だけではない。
現実と監視機に映る映像のどちらが真実なのか判別不能な世界像も、SF的小道具スクランブル・スーツも、監督の前作「ウェイキング・ライフ」と同じ実写映像を線画アニメ化する手法で、原作通りの映像化に成功。そして何より、ディックの静かなユーモアと、敗れていく者への愛に充ちた感傷的ともいえる眼差しが、原作同様、全編に満ちている。
ちなみに映画ラストの「献辞」は原作後書きの引用。多数の死者の名に続く「フィル 不治の脾臓障害」とは原作者自身のことだ。
(平沢薫)