蟲師 : インタビュー
夫と子供を失った孤独な女蟲師ぬい。彼女は、蟲師の少年ヨキ(ギンコ)に出会い、同じ宿命を背負ったものとして複雑な心情を重ねていく。今回このぬい役を演じた江角マキコは、かねてより大友監督作品に並々ならぬ興味と憧れを持っていたようだ。貴重な体験となった今回の撮影について話を聞いた。(聞き手:編集部)
江角マキコ インタビュー
「心の中の触れられたことのない部分を掴まれたような、今までにない涙が流れました」
――これまで経験してきた役柄とはイメージの違う異色作だと思いますが、なぜ今回の出演を決めたのですか?
「私は『AKIRA』や『スチームボーイ』を観に劇場に足を運ぶくらい、大友監督の大ファンだったので、監督の作品で実写となると“絶対、出たい!”と思いました。映像の絵画的な美しさはもちろん、全てを語らずに受け取り方は観客に任せるという監督独特の美意識が好きです。そして、いつも人間風刺が効いている。今回の作品もそうですね。台本を読むに従ってどんどん引き込まれると同時に、蟲師という現実には存在しない想像もつかない役どころに戸惑いましたが、監督自身は明確なビジョンを持っている方なので“頭でとやかく考えないで、身も心も監督に委ねよう”と覚悟を決めました」
――ぬいはなぜ亡くなった実子ではなく、ヨキに最後まで執着したのでしょう。江角さん自身が母親であるということが何か役づくりに影響しましたか?
「自分の子供に執着しているからこそ、ヨキにその面影を見たんだと思います。母親の執念とはそういうもので、たとえ幻であっても手放したくない、その気持ちはすごくよく分かるんですよ。撮影時、私は子供に母乳をあげている状態で、ロケ場所には当然連れて行けなかったけど、ホテルには一緒にいたんです。胸はどんどん張ってくるし(笑)、私自身がまさに母の状態だったので、意識しなくても表情に表れていたんじゃないかと思います。自分の母性が漲っているときに、このぬいという役に出会えたのは幸運でした」
――完成した作品をご覧になって、いちばん感情が高ぶった場面はどこですか?
「CGで描かれた虹を見て、今まで流したことのない涙が出ました。心の中の触れられたことのない部分に触れられたような、本能的なところを掴まれたような気分でしたね。今回の素晴らしいCGを手がけた古賀(信明)さんは監督と大学時代からの仲間で、言葉にしなくても分かり合える関係のようでした。古賀さん曰く、監督は横から撮ったバイクの写真を見せると、上・下・正面からの絵を一瞬のうちに描くことができるそうなんです。だから、その瞬間にいちばん相応しいカットを撮ることができる。そうして1カットずつ綿密に計算されたものが連なっているんです」
――ロケ地となった琵琶湖周辺の山深い自然も美しく印象的でした。
「撮影は秋で、冬眠しているヘビを何匹も見たし、猿の群れにも遭遇しました(笑)。圧倒的な大自然を前に、人間の存在なんてちっぽけなものだと感じましたね。これは、まさに『蟲師』のテーマでもあったと思います。見えないはずのものが見える、心で見る、みたいなことって日本独特の思想だと思うんですよ。今、地球規模で環境問題がクローズアップされているけど、便利な世の中のために自然を壊して、私たちが得てきたものはなんだろう?って。この映画を経験して感じたこと、自然の尊さ、樹木1本に宿る魂や虹を見て流した涙は忘れないと思うし大事にしていきたい。若い方や海外の方たちにも、ぜひこの感覚を味わっていただきたいと思います」