「声優と音楽が最高!!」紅の豚 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
声優と音楽が最高!!
豚になった飛行機乗りの物語。
誘拐・強奪等悪さもするのだが、なんと気持ちの良い痛快な話なのだろう。
とはいえ、一歩間違えば、豚になった人間が主人公という際物ネタの子どもだましの映画にもなりかねない。
それを大人の鑑賞に堪えられるものにしているのが、声優と音楽。
森山周一郎氏とくれば『刑事コジャック』。
スキンヘッドでダンディな風貌の「ニューヨーク怒りの用心棒(『刑事コジャック』日本での本放送時のキャッチコピー)」。
その声が主人公のポルコ・ロッソを演じる。
第1次大戦が終わり、それでも続く貧困に、ファシズムが台頭してきてまた戦争が起こる予感が満載の時代。再び戦争に駆り出されることを嫌悪して、自身に”豚”になる魔法をかけたとされる主人公。選んだ仕事は空賊相手の賞金稼ぎ。「アドレア海の怒りの用心棒」を借景としてイメージさせる。
そんな主人公はクールでダンディに決めるときと、吹き出してしまうような時と。声はけっしてギャグをやっているのではないが、映像に現れる主人公の表情に笑わせてくれる。そしてそんなおかしみのある表情と声が乖離していない。なんてすごい。
マダム・ジーナを加藤登紀子さん。
学生運動が盛んだったころに、東大生であった加藤さん。その当時ご自身は演劇に熱中して学生運動とは距離を置いていたとはいえ、学生運動指導者の一人・藤本さんと獄中結婚をされるなど、しっかりとしたブレのないご自身の意思を貫いている女性。それでいて、喧嘩腰になるのではなく、しなやかさ、人や世界・社会への思いやりを忘れないで主張をしつづけている女性。
まさしくジーナさんそのもの。
ジーナさんが歌う歌も素晴らしいが、ジブリにしてはめずらしく、ジーナさんの口パクと言葉があっている。実際に加藤さんが歌う様をアニメーションにしたのだとか。とても気持ちよく、聴いていられる。
エンディングの歌は主人公やジーナさんたちの青年期の思い出を歌っているのだろう。だが、私には、映像等で知る、1960年代の学生たち。お金もなく、皆で狭い四畳半や路上に集まり、社会の理想を語り合っていた熱情への郷愁、そしてそれを知らぬ身には憧憬にも聞こえる。
マンマユート・ボスは上條さん。
とてもハマる!「仲間はずれにしたらかわいそうだろ」って、他の人を人質にしたらいいのに(笑)。声量豊かな歌手なのに、こんな三枚目がとてもうまい。
空賊連合の面々と言い、悪だくみをするが、最低限の人としての矜持は守っている。
そこに、カーティスとかフィオナが入ってきて、いつの間にかフィオナをめぐる決闘となって、しかもそれがお祭り騒ぎになってと、アニメらしい急展開(笑)。自分の意志と反した流れなのに、いろいろなしがらみ・思いに、しっかり巻き込まれていくポルコ。ハードボイルドなのに、ハードボイルドテイストではない。否、「タフでなければ生きていられない。優しくなければ生きていく資格はない」だから、ハードボイルドそのものの展開なのだけれど、このおかしみはなんなんだ(笑)。
ジーナを賭けると、お祭りじゃなくなるから、フィオナという落としどころが良い。ジーナとの賭けは、あくまで人の胸の中でひそやかにというのが、大人の嗜み。
こんな、軽いドタバタ劇だが、まったくのおとぎ話にはしていない。実際の歴史的社会背景はしっかり描かれている。
女性ばかりの工場。男は皆出稼ぎに行ってしまったから、女性しか働き手がいない。
元々家での仕事に従事していた女性が、戦争に行っていなくなった男性の代わりに外で働き始めたのが、女性が社会進出するきっかけになったとどこかで読んだ。たんなる女性賛歌のウーマンパワーを描いているわけではない。
台頭するファシズム。「国債を買って、祖国への忠誠を(思い出し引用)」。戦争へ突き進む国家・政治家。それを支える私たち。今、NISAやIdecoを政府が推し進めていることと、ついリンクしてしまう。怖い。投資先はきちんと選ばねば。
新しいものを作り上げる喜び。けれど、秘密警察からの疑いをそらさなければいけない。
第二次世界大戦と言えばナチスが有名だが、イタリアではムッソリーニによるファシズム政権。それらに対するレジスタンスに間違えられぬように過ごす、窮屈な日々。だが、そんな悲壮さよりも、ポルコたちの格好良さ・ユーモアや工場で働くおばちゃんパワーの方が心に残る。時代にまかれつつも、したたかに抗う強さ。
そして、フィオナにせがまれてしたポルコの話。
荘厳でもあるものの、取り残される寂しさ、喪失感、友の無念な気持ち、ジーナへの申し訳なさ。胸が締め付けられる。
もし、戦争がなければ、従軍していなければ、ジーナは幸せな結婚生活を送っていたのに…。
人に歴史あり。大人になればいろいろなことを背負っている。
それらの物語を彩る音楽。最高”。
暗い情勢をベースに、それでも、それだから日々自分らしく生きようとした人々。
ちょっと人生に疲れた時、そんな彼らに会いたくなる。
お祭り騒ぎの映画だけれど、沁みる大切な映画。