喝采のレビュー・感想・評価
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主人公のキャリアと内面が「桜の園」とリンクする
記憶をテーマにした映画は無数に存在するが、本作が丹念に紡ぐのは、認知症を患ったベテラン舞台女優の物語だ。チェーホフ作「桜の園」公演にむけてリハーサルが進む中、ジェシカ・ラング演じる主人公はさすがの貫禄を見せる一方、ひとたび忘却に見舞われるや、舞台上の安定はすぐさま別物へ転じていく。その落差が実にスリリング。しかしこれは伝説的女優をモデルとしているだけあり、焦点があたるのはあくまで彼女の”生き様”だ。これまでの半生。プロフェッショナリズム。亡くした夫の幻影。アシスタントとの絆。娘との関係性。あらゆるものが込み上げてはふっと消える。その物語構造そのものが彼女にとっての内的「桜の園」であるかのよう。ラングの優雅な存在感とアシスタント役キャシー・ベイツのサバサバした演技による巧みな緩急も見逃せない一要素。さすが名女優の二人。でも実は、キャリア的にベイツの方が生え抜きの舞台出身者なのも面白いところ。
こんな大人向けの映画がもっとあれば
頑張るジェシカ・ラング
1981年に劇場公開されたジェシカ・ラングさん(当時32歳)の「郵便配達は2度ベルを鳴らす」をテレビ放送で鑑賞したことがありました。吹き替えを大谷直子さんがやっていて、実にマッチしていた記憶があります。(ジャック・ニコルソンさんは中尾彬さんの吹き替えで、こちらもマッチしてました。) その時からお気に入りの女優さんですが、久しぶりにスクリーンで拝見しました。
認知症を患う舞台女優という難しい役柄を見事に演じたと思います。脇を固めるキャシー・ベイツさんやピアース・ブロスナンさんも的役だと感じました。
特にキャシーさんが、認知症が進行していくリリアン(ジェシカ・ラング)を支え舞台「櫻の園」を成功に導く姿は良かったです。
ラスト近くで、リリアンが 舞台から客席の娘に向けて言うセリフには胸が熱くなってしまいました😭。
私もシニアですので人のことは言えませんが、ジェシカさん、キャシーさんがこれからも活躍してスクリーンで元気な姿を拝見できることを切に願いました。
私が自分を忘れてしまったら教えてくれる?
全くノーマークでしたが、友人から勧められて観に行きました。
晩年に認知症を患い、2014年に亡くなった、ブロードウェイの伝説的な女優マリアン・セルデスがモデルの映画とのことで、50年前の『キングコング』でドワン役を演じていたジェシカ・ラングが、主役のリリアン・ホールを演じています。
チェーホフの戯曲『桜の園』の公演を間近に控えていた時に、(レビー小体型)認知症という診断を下され、調子のよいときとそうでないときがあるものの、徐々に進行し、すでに亡くなっている夫を幻視したり、睡眠障害を発症したり、パーキンソン症状が出たり、セリフが飛んでしまったりするようになります。もちろん、周りは演じることが難しいと思うようになり、代役を立てようとしますが、開幕する寸前に...というお話です。最後は泣けます。
認知症には、80以上のパターンがあると言われていて、「レビー小体型」は、「アルツハイマー型」や「血管性」と並んで代表的なものです。幻視といっても知らない人がぼーっと立っているといった、怖いものしか視えないものと思っていましたが、舞台にともに情熱を注いできた愛する夫が出てくるのなら幸せかもしれません。
ラネーフスカヤにとっての「桜の園」とリリアン・ホールにとっての「舞台」は、思い出や誇りの詰まったものですが、世間から見たら、すでに終わっているものとして捉えられているという、相同性を表現するために劇中劇の『桜の園』が使われているようです。
キャシー・ベイツ演ずる親友のような家政婦イーディスや、相変わらずかっこいいピアース・ブロスナン演じる隣人のタイ、そしてリリアンを尊敬しながらも、現実とのはざまで悩むジェシー・ウィリアムズ演じる舞台監督のデヴィッドらの演技がすばらしく、『桜の園』を演じるリリアンを助けているのと同じように、『喝采』の中でもジェシカ・ラングを支えています。ここにも相同性が表れています。
映画の中で、演者へのインタビューがモノクロで流れますが、観客向けのカラーの部分とは違った、その背景にある当事者の気持ちを表現していて、よく考えられている映画だとおもいました。
老いは興味のあるテーマだったので、興味深く見た。彼女と夫との関係、...
老いは興味のあるテーマだったので、興味深く見た。彼女と夫との関係、彼女の生い立ちから女優への道を描いていたのも興味深かった。アクティングアウト。女優はアディクションのようでもある。家政婦役がリッチ。スクリーン上の彼女の演技が名優という感じではなかったけど、過去の美しさの片鱗を覗かせるいい演技だった。ブロードウェイの初日の豪華さも知る。
地味な作品だが、いい映画だと思います。
まあ、なかなか難しい
人生という大舞台の幕をいつどこでどう下ろすのか
チェーホフの『桜の園』の主人公ラネーフスカヤ夫人を演じるというより、その主人公として生きているかのような大女優リリアン・ホール。そして、リリアン・ホールを画面の中でまさに生きている名優ジェシカ・ラングが、人生という大舞台の幕をいつどこでどう下ろすのかという、俳優のみならずすべての人間が直面する人生最大の課題にどう向き合うかという作品。
本作のポスターを見かけた際に、これはビリー・ワイルダー監督、グロリア・スワンソン主演の往年の名作『サンセット大通り』(1950年)的なストーリーなのかと思ったのだが、さにあらず。
本作にはマイケル・クリストファー監督とも親交があり、ブロードウェイの舞台を中心に活躍したマリアン・セルデス(Marian Seldes)というモデルがあるらしい。
認知症という病との闘いというだけではなく、主軸はむしろ人と人がいかに支えあいながら生きているのかという部分にあり、究極の母と娘の物語である。
豪華なキャスト陣が演じる舞台劇を客席で観ているような気分にさせられる作品。モヤモヤするようなことの多い現実社会の中でこびりついた心の汚れを自分の涙で洗い流させてくれるような作品だ。
➖7引き算日課にしようかな!
豪華すぎるキャスト!これは見逃せない!
舞台女優のリリアン・ホールを襲う記憶障害
不安と心配が募る中ただ見守るしかない私でしたが不屈の精神で舞台を見事に演じ切ったリリアンの執念に胸が熱くなり思わず立ち上がってしまいそうに…この瞬間だけは認知症に勝ったのだ!と思えた!
伝説の女優マリアン・セルデスをモデルに作られた作品
冒頭からジェシカ・ラングの圧倒的な演技力に引き込まれたし「アメリカン・ホラー・ストーリー」ではひたすら怯え逃げ惑う恐怖顔のイメージが強いリリー・レーブの別の面を見る事も出来ました
リリアンと衝突あれど厚いサポートで支える
アシスタント役キャシー・ベイツにおいては何も申し上げる言葉無し!見応えあり過ぎ!
ナイスリリーフだったのはリリアンの隣に住む芸術家役のピアース・ブロスナン!
イケオジ度が更にバージョンアップ!
リリアンとの会話が物語に柔らかい空間を添えてくれていましたね!
周りの友人知人でも認知症の家族を抱える状況も増えてきました
正直自分の中では未知の領域ではありますが
尊厳を持ちリリアンの様に人生の幕を降ろせたらと願うばかりです
俳優としての覚悟を痛感した
1982年にアメリカで大ヒットした映画「トッツィ」でダスティン・ホフマンと共に活躍し、看護婦役ジュリーとしてアカデミー助演女優賞を獲ったジェシカ・ラング主演で、この映画「喝采」でモデルとなった女優のセルデス(晩年痴呆症で苦しんだ)の姪が脚本を描いた作品。
一緒に歩んできた夫に先立たれ、まさに俳優として最終段階に入った女優の最期の魂の輝きを魅せる。演目はチェーホフの「桜の園」。
2年程前より手の震えや不眠症に悩んでいたが、その稽古中セリフが飛んで、錯乱状態になった「桜の園」の主演リリアン(演:ラング)は、大したことはないだろうと病院にかかって、いきなり痴呆症という宣告を受けてしまう。
演目「桜の園」はたまたまでなく、この映画のために脚本家が選んだもの。「桜の園」の内容が、ロシアの大地主貴族階級(リリアン)が没落して、新興勢力の資本家階級が取って代わる様を、滅びの悲しさとともに描いている。
これを演じるためにたくさんの稽古をしセリフを覚え、大勢の共演者と演じ、また舞台に関わる監督はじめ多くの人と、作り上げていく。また娘も育てながらなんとか女優を続けてきた意地もある。そのプレッシャーにも関わらず、痴呆症はだんだん進行していく。夫の幻影も見る。
そして舞台の初日、リリアンは夫の幻影と共に思い出の湖畔に来てしまい、舞台は大慌てで代役を用意し、もう代役が演じるのかな
というところで、長年アシスタントをしてきたイーディス(演:キャシー・ベイツ)が獅子奮迅の活躍で、何とか間に合わせ、
舞台途中の症状が出かかったときも、まるで気持ちが乗り移っているかのようにフォローし、舞台は大成功で幕を閉じる。
このリリアンとイーディスの、信頼で結ばれた関係が良かった。
エンディングテーマでは、娘マーガレットに歌っていた「子守歌」が格好良く流れ、とても満足した。
26-013
脳と心臓にご注意を
一滴の血も流れないのに
このスリラー感!
〈あっち〉と〈こっち〉を綱渡りするリリアンに
終始ハラハラ。
「ああっ」「うっ」「あー」など謎のうめき声やため息がつい出てしまいそうに・・・
誰にでも起こりうるテーマなだけに
自分の身内、はたまた自分?の現実、あるいはそのうち訪れる未来を重ね合わせて冷静ではいられなくなる観客も多いのでは。
エンドロールが流れ始めた瞬間、すさまじい疲労感でシートに沈み込んでしまった。。はー、きっつい。
そんな中でも、胸打たれる場面多々あり、
特に娘やイーディスとのやりとりに涙。演出家もなんだかんだと肝が据わっていて善い人だし、謎の隣人(←これもまさか、幻想?)のまなざしも優しい。
ラストの舞台上、色々な意味でギリギリの状態で、それでも娘を見つめながら言葉を投げかけるシーンは胸に迫る。
母よりも舞台人として生きてきたリリアンが、あの瞬間だけは娘に生身の気持ちをぶつけられたのだとしたら、救いである。
映画としては堪能した。満点。
が、
しんどかったので、2度目を観るかは・・
最後に、
崖っぷちのリリアンを〈あっち〉の世界に誘いに来る夫の幻影に、「来るな!鬱陶しい!」と感じてしまい、なんだか申し訳なし。
【”大女優、病を仲間達の協力により捻じ伏せ、満員の観衆の喝采を浴びる。”今作は、中盤まではハラハラしながらも、ラストの大女優がステージ上で喝采を浴びる姿は、沁みた作品である。】
ー 大女優、リリアン・ホール(ジェシカ・ラング)は、チェーホフの『桜の園』の舞台稽古に励んでいる。
若手舞台監督のデヴィッド(ジェシー・ウィリアムス)が彼女に演出を付けるが、リリアン・ホールには、認知症が迫っている。
台詞は忘れ、舞台では手が震え、果ては昏倒するリリアン・ホール。
その姿を見て、デヴィッドは、代役を立てる事も考えるのである。ー
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・序盤は、ハッキリ言って観ていてキツイ。
又、認知症の映画かと思う気持ちが、大スクリーンに没入させてくれないのである。
だが、それは逆に言えば、認知症が進行していく様を演じているジェシカ・ラングの凄味なのかもしれない。
認知症の映画が、近年多数制作されているのは、ご存じの通りである。
個人的には、名優アンソニー・ホプキンスが演じた『ファーザー』は秀でた作品だと思っており、聡明な男が全ての記憶を失って行く様は、哀しい感動を持って観た事を今でも覚えている。
あとは、ジュリアン・ムーア主演の『アリスのままで』である。今作でも同様のシーンが描かれたが、自分が帰る場所が分からなくなり、惑乱する姿が印象的である。
・今作も中盤までは、リリアン・ホールの老いに伴う認知症が進行していく様が描かれる。だが、今作が上記二作と違うのは、リリアンが死別した夫の幻覚が現れ、混乱しつつも、家政婦で、アシスタントでもあるイーディス(キャシー・ベイツ:流石の好演である。)が、彼女を支え、隣人のタイ(ピアース・ブロスナン)と垣根越しにキスをしたり、子供時代に余り接する事が出来なかった娘マーガレット(リリー・レープ)と向き合う事で、彼女に且つての大舞台女優としての、力が蘇って来るところである。
■開演時間間際まで、夫の幻影と公園で語り合うリリアン・ホール。夫は”引き際は潔く。”と告げるのだが、やって来たイーディスは彼女に言い放つのである。”家に帰るわよ!”と。
そう、長年舞台で演じて来たリリアン・ホールにとっての家とは、大観衆が待つ舞台なのである。
そして、彼女は舞台でアドリブで、娘マーガレットに対しアドリブで想いを伝え、イーディスの助け(マイクで台詞を伝える。)も有りながらも、見事に『桜の園』のラネースカヤ夫人を演じ切り、観衆の喝采を浴びるのである。このシーンは沁みるのである。
<今作は、中盤まではハラハラしながらも、ラストの大女優が観衆から喝采を浴びる姿は、沁みた作品である。>
ジェシカ・ラングの代役は考えられない
元々はHBOの配信映画で、一部の国は劇場公開
ジェシカ・ラングの演技はとても素晴らしかった。
特にラストは、私に湧き出るものもあった。
日本の配給会社が決めたタイトルは「喝采」。
しかしメインであろう観客には、真っ先に ある言葉がメロディと共に思い浮かぶと思う。
そしてラストはとても素晴らしいのは間違いないが、その余韻はそこまで長くなかった。
映画を観ている私たち観客は主人公が認知症の恐怖に闘いながら舞台をやり切ったのを知っているから「喝采」できるが、映画内の舞台の観客はそれを知らないので、ただ単にいつもの様に舞台が素晴らしかったというだけ。
たとえ同じ様に「喝采」しても、その意味は全く違う訳で、そのギャップがある以上あまり高評価はあげられない。もちろん原題のままでは分かりにくいが、これは功罪の「罪」。
前半は眠かったし。
ほとんどの国は'The Great Lillian Hall'かその現地語。台湾は「輝くブロードウェイ」の意。
舞台が彼女の「家」だった
喝采-The Great Lillian Hall-
フィナーレこそが人生
ブロードウェイで華々しく活躍してきた大女優、
リリアン・ホール(ジェシカ・ラング)
彼女の出演というだけで観客が集まる
まさに伝説的な存在だ
しかし年齢を重ねるにつれ、
舞台の上で違和感が生まれていく
台詞が出てこない、稽古が止まる――
やがて彼女は、
進行した認知症であることを告げられる
それは、舞台に立てなくなるかもしれないという現実
人生のすべてを舞台に捧げてきたリリアンにとって、
あまりにも残酷な宣告だった
それでも彼女は、事実を隠したまま
最後の舞台「櫻の園」をやり遂げることを選ぶ
長年彼女を支えてきたマネージャーのイーディス
(キャシー・ベイツ)は
この決断によって揺れ動くが
彼女の決断を支える
物語の後半、
母の病を初めて知らされる娘マーガレットとの対峙は
胸に迫る
言えなかった想い、
伝わらなかった距離
親と子の関係の難しさが
静かに浮かび上がる
認知症を抱えながらも、
最後まで舞台に立ち続けるリリアンの姿は
切なく、そして美しかった
静かな映画だが、
観終わったあとに強い余韻が残る一本だった
※ブロードウェイの伝説的女優マリアン・セルデスがモデル。
自分なら?と考えてしまう
認知症を患う大女優役にお久しぶりのジェシカ・ラング、若返ったキャシー・ベイツも出演に惹かれ鑑賞。実際に認知症を発症した舞台女優の話を元に脚本を書かれたとか。
とてもリアリティがあり、ジェシカ・ラングの曲がった指の震えや、しっかり伸びた背筋と輝く瞳と対照的に、老人の顔が見える瞬間にご本人とダブって見えるほどの説得力。老いる現実と自分のプライドとの戦いは程度の差はあるが万人に共通の問題。理解し愛情をもってサポートしてもらえる身近な存在があることはやはりとても大切な事だとしみじみ感じた。奇跡のように描かれていた舞台は出来過ぎ、と思いながら、やはり感動せずにはいられなかった。自分が認知症になったら…?すぐに回答は出せそうにない。考えるきっかけにもなる、良い作品だった。
認知症、切実。
稀代のステージアクターが演じる人生の「桜の園」
個人的な経験とも重なるのでなかなかしんどいところもあったが、いくつか心に響く場面がある。
リリアンが認知症のテストを受けるシーン。簡単な言葉の復唱や計算、折り紙が出来ないリリアンがプライドを傷つけられる残酷なシーン。
隣人のタイ(もしかしたら彼も幻視?)とベランダ越しにキスするシーン。「キスの感触を思い出したくて」とはにかむリリアン。ロマンティックなんだけどとても切ない。
そしてリリアンが入院した病院を娘のマーガレットが訪れた際、発症を知らせてもらえなかったことが分かり、マーガレットが感情を爆発させるシーン。子供時代から澱のように積み重なっていた想いが一気に溢れ出る。このシーンは本当に辛いが、最大の見せ場のひとつといえる。
ジェシカ・ラングは入魂のさすがの演技である。他方マネ兼家政婦役のキャシー・ベイツがめちゃくちゃ上手い。ラングの芝居を正面から受け止め、威厳と品がある一方で人間的な優しさがそこはかとなく滲み出ている。
全35件中、1~20件目を表示
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