架空の犬と嘘をつく猫のレビュー・感想・評価
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床の間のシヴァ神
ここ十年で、最も出会ってよかったと心底思う作家、寺地はるなさん。そんな寺地さんの作品が映像化される!と知り、居ても立っても居られず、早朝初回に駆け込んだ。予告もちらしも未見。とはいえ、スタッフ、キャストとも申し分なく、期待はこわいくらいに高まっていた。
登場人物、一人ひとりが役柄にとてもしっくりくる。冒頭の祖父(柄本明)は、十数分後には遺影になってしまうのに、不可思議な存在感を残す。飄々とした祖母(余貴美子)が時折発する鋭い言動も、随所随所に効いている。メインはもちろん、主人公•山吹の幼馴なじみの恋人(森田想)や姉の同居人・樹(ヒロコヒー)など、出番もセリフも少ないながら、印象的な人々も続々と。持ち重りのする物語を支え、包んでくれる、欠かせない存在だった。
風にそよぐ白いシーツ、じりじりとした日差し、叩きつける雨…など、映像ならではの語りも、色を失った家族たちに、彩りと躍動を添える。加えて、床の間に鎮座するシヴァ神の置物など、彼らの生活と変化が垣間見える家の様子も興味深かった。(シヴァ神は破壊と再生の神。放浪癖のある祖母の気まぐれな土産物なのだろうが、羽猫家にふさわしく、最後までひっそりと居座っている。)いわば、久しぶりに実家に戻り、変わらないなと部屋の内側を見回すうちに、ちょっとした変化に気付く感覚。別居家族が今を生きていることの安堵と、自分が知らない時間が流れていることの寂しさがまざる。そんな思いが呼び起こされた。
反面、どうにも勿体ないというか物足りなく感じたのは、はるなさんらしい、どこかとぼけた笑い、人を喰ったようなおかしみが、余りにじんでこなかった点だ。幼な子が先に逝き、取り残された家族とはいえ、日々泣き暮らしてはおらず、常に感情を押し殺しているわけでもない。ときには、ランドセルをカタカタいわせながら友達と走り、じゅうじゅうと焼けるお好み焼きをじっと眺め、唐揚げに手をつけずに唐揚げ弁当を黙々と食べ進め、スワン印刷でせっせと働く。そんな彼らの様子に、ふっと気持ちが和んだ。本作だけではなく、最近、どうも映画館では笑いが起きにくく、終始静まり返っている(コロナマナーの名残り?)。静寂なのか沈黙なのか判然とせず、重たいと感じることがある。酷すぎて、救いがなさすぎて、笑ってしまう、笑うしかない。そんなちょっと不謹慎な笑いに、一瞬の救いや元気をもらう。そういった描写の難しさを感じた。
とはいえ、寺地さんが生み出した街に2時間余り身を置き、彼らの息遣いを感じながら、時と場を共有できたことは至福だった。改めて原作を含めた寺地作品(作品間で登場人物が重なり繋がっている)を、一つひとつ読み返したくなった。今後にも、期待。
原作とキャストに助けられた気がする。
幸せな嘘と空想
全体を通して非常に濃密で流すことのできるシーンがほとんどなく、
体感では上映時間以上の質量がある。
長く同じ環境にいる家族でも、どうしても感覚が合わないことはある。
距離を保ってそれを表面的にやり過ごそうとしても
そのストレスは徐々に蓄積し、誤魔化しきれなくなっていく。
家族でも常に一緒にいるのが幸せとは限らない。
家族の緩衝材になるような優しくみえる人でも、
本当はこころの器は大きくないかもしれない。
リアルな世界に向き合い、苦しくて溢れそうな気持ちを
みんな嘘や空想で紛らわせている、いや救われている。
火葬場に向かうバスの中で深刻な夫婦2人以外の姉と母が笑っているシーン、
主人公が架空の犬のエピソードを語るシーンがとくに印象的で、
いずれも、嘘や空想に逃げることは、
必ずしも否定的な後ろ向きな行為ではないと、語りかけているように感じた。
森ガキ侑大最高傑作!絶対ネタバレ禁止🚫
絶対にネタバレ厳禁🚫だ!
静かに繊細な機微を紡いでいく作品で、最後に俳優さんの絶品の演技でその心情が集約される。ただそれが実に繊細なシーンで切り取られているだけに、ネタバレだけは勘弁してほしい。とは言え何度も味わえる珠玉の名作に仕上がっている。監督第4作か…家族を描いて作品ごと情感に深みを増してきた森ガキ侑大監督のキャリア最高傑作だ。原作も未読で実に気になるし、読んでからまた見たいし、見てからもう一度見たい。
ひとつだけ。家族における「嘘」がテーマにもなっているが…「嘘」とは、対人に於けるネガティブな振る舞いの結果に過ぎないに違いない。お互いに、或いはどちらかができれば傷つかないための方便である。主人公は最後、自分の嘘にではなくこれまでのネガティブな対峙に対して言葉を開示するのではないかと…。理屈はさておき、このシーンが実に胸を打つ。
俳優さん達はすべてが素晴らしい。殊に高杉真宙は出演作ごとに目を見張る表現の進化(深化も)遂げている!
女の人が総じて少し怖い
今年2本目、新作はこの映画が初。
小説はどのくらいの分量なんだろう。お姉さんの紅ちゃんや父親の淳吾についてはもう少し掘り下げて描かれているのかな。映画のサイズの都合で山吹への比重が大きくなったのなら仕方がないけど、2人についてはもう少し描写がほしかった。
まるで山吹の性格のように起伏の少ないゆったりとした流れの物語。その中に自分の家族との関係を思い返すようなエピソードが散りばめられていて、懐かしいような苦いような…。こういう話は好きだけど、もう少し刺激がほしかったかな。
頼ちゃん、察しが良すぎて嫉妬深くてちょっと怖い。雨に濡れるかな子はだいぶ怖い。紅ちゃんは強くて怖い。雪乃は壊れてて怖い。かな子の母親の怖さはホンモノ。おばーちゃんだけに感じた母性。
主人公山吹の中学時代を演じた堀口壱吹くん、高杉真宙さんと顔も佇まいもそっくりで驚いた。
こらもまた久々の毒親の話
まずは違和感なく子供から大人にしたキャスティングへのこだわりが大成功してて大拍手。同じ俳優さんの人生を追ってるのかと思うほど30年の物語に没入できました。
内容はタイトルの通りで主人公の優しさが結局は親への愛ではなく自己愛だったのはとても興味深かった気がする。その自己愛ゆえの優しさにつけ込む恋多き母のトラウマ深川麻衣と、より重いけど大きな愛で包み込む伊藤万理華の演技が飛び抜けて素晴らしいし、幾つになっても可愛いのがすごいし永遠の推しまりっかが演技で花開いているのはオタク冥利に尽きますな。
同じ九州が舞台なのに熊本を舞台にした天文館何ちゃらとは全然違う佐賀愛に溢れた丁寧な作りで監督の人への観察眼と物語を物語としてとにかく嘘臭くならないようにする絵作りへのこだわりが、逆に自然過ぎて物足りないくらいの鑑賞後の感覚につながっているんだと思う。
まとめると、どんな毒親でも子供は親を嫌いになれないし
自分のことを好きだと思って欲しいっていう呪いがかかってるらしいよ。あとあの時代に黒いランドセル欲しがるのはなかなか生きづらいよね紅ちゃんって隣の人が言ってた。
あたしも優しい嘘をつきながら生きていこうと思った次第。
あとはPontaPASSなら新宿ピカデリーがいつでも1,400円ってことに気づいて(遅い)今年は無敵かもしれない。映画好きはみんな入るべき。マジお得。
それではハバナイスムービー!
長続きするコツは、距離感を見誤らない事?
長い家族の歴史の中では色んな事が起こりますが、本作では敢えて淡々と見せていきます。
日本映画の悪癖である過剰演出、くどい演技指導を極力避けたのは良いと思います。
でも、逆にあっさりし過ぎにも感じました。
きっちり5年毎に時間が進むから、大きな変化があった時まで省かれて、ギリギリ想像が出来る風になっています。
幼い次男が川に落ちて亡くなったこと。溺愛していた母親はその事実から目を背け、父親は愛人宅に逃げている。祖父は夢ばかり追いかける。姉の紅は大人たちに幻滅して中学卒業と同時に家を出たようですが、高校に進学したのにどこでどうやって生活しているのかを親が分からないってあり得ますか。
タイトルにもある架空の犬。山吹は頼と共に訪れた施設で、男の子に「心の中で飼っている犬の頭を撫でると落ち着く」と話すが。それまでそんな描写は無く、頼と再会した時もジョンの話題は一切出なかったから、犬そこまで好きじゃなかったのかなと思っていました。
噓の手紙を送り続ける。その手紙に縋っていつまでも現実を見ようとしない。ここは辛いです。
やがて、母親は次男の遺品を片付けますが、赤いマフラーがきっかけで山吹のことをちゃんと見る気になったのか、それとも時間が経つうちに徐々になのかは想像するしかないです。
かな子は祖母の葬儀の会場にまで押し掛ける。愛してもいないのに。自分の子供はどこに預けたのか、ここは突飛すぎました。
小学生の頃は人見知りだった頼は成長して社交的になりましたがどこか無理しているようで危なっかしいです。でも良い人だから山吹とは支え合っていけそうです。
皆が何かしら抱えていて、大人でも完璧ではない、という事でしょうか。
家族とは、呪縛だろうが支えだろうが、あるいはどっちにもならなくても音信不通でも、繋がりがある限り家族である事には変わりがないものです。長くやっていくには、互いの不完全さを許す事かなと思います。許せなければ逃げてもいい。
分かりづらい描写もあって、最後の方、父親が作業服、母親は赤いマフラーをして出かけます。廃業して外した看板があり、家の中を見せていきます。ここの意味は分かりませんでした。一人で川を見つめる山吹の心の中も。
色々あったねえ、という意味でしょうか。
高杉真宙さんはクールな人という印象でしたが、本作はハマっていました。姉に打ち明けるところ、かな子に怒りをぶつけるところが良かったです。
紅の少女時代、成人してからのどちらも良かったですが、高校生までを演じた藤中璃子さんの凛とした表情が印象的です。
人は皆なりたくない大人
大人は自分勝手だ。子供はそう思う。こんな大人になりたくない、そう思いながらも、そんな大人になっていく。そして、いつしか家族というものを意識していく。
しかし、この映画は観客か見たいと思うシークエンスを、かなり省略している。中学時代の山吹とかな子がどう成長し別れたのか、両親と姉の再会の瞬間、等々、気になる所は沢山あるのに、客に委ねている。「敢えて」だとは思うが、「逃げ」とも見えてしまう。
#架空の犬と嘘をつく猫
センター試験の国語の読解問題なら不合格?
唐突ですが、この1月『一穂ミチを味わい尽くす』と銘打った読書フェアをひとりで実施中です。従って、頭の中は映画モードに文学モードが重なって、日常のさり気ない心の揺れを文章でどう表現するのか、とか、微妙な距離感(好きなのに、今の関係性を深く発展させたくないとか)を維持している時の会話とか、そんなこんながごっちゃになって、もどかしさ、愛おしさ、痛さ、酸っぱさ、苦さ、甘さなどあらゆる感情が、いつも以上に映画の登場人物の中に、投影されています。
もちろん、すべては私個人の感性を通してのものなので、センター試験の国語の問題ならば誤回答ばかりだと思います。
いくつか記憶に残ったセリフ(そのままではなく、少し変えてます)の使い方について応用が効くかどうか検討してみます。
「どこまで自分を見くびるのか」
男女関係において、どちらがどちらかは様々ですが、いつも一方的に貢がされている人。
そろそろ、そう言って突き放してもいいのではないでしょうか。
「君のことが好き過ぎて、こどもを授かっても、君以上には愛せないと思う。だから私は親になる適性がない、と神さま(のような人)が判定してるんだと思う」
使い方を間違えると却って気持ちを逆撫でするかもしれないので、あまり応用しないほうがよさそう。
「いなくても困らないし、いたとしても世の中の役には立たないかもしれない。でも、そんな人がいる世界のほうが、私は好きだな」
これも使い方を間違えると、相手を酷く傷付けることになるので、迂闊には使えない、高難度問題。
あれ?なんの話をしてるんだ⁈
家族ってこんなものかもと思わせる
家族を維持するために必要な距離感を否定できる人は幸福な家庭に生まれたのだと思う
2026.1.17 イオンシネマ久御山
2026年の日本映画(125分、G)
原作は寺地はるなの同名小説
歪な問題を抱える家族を描いたヒューマンドラマ
監督は森ガキ侑大
脚本は菅野友恵
物語の舞台は、1988年の佐賀県のどこか
工務店一家の長男として生まれた山吹(立花利仁、中学生時代:堀口壱吹、成人期:高杉真宙)は、幼少期に亡くなった弟・青磁(林碧海)のふりをして、喪失を受け入れられない母・雪乃(安藤裕子)に手紙を書き続けていた
父・淳吾(安田顕)はそんな生活から遠去かるように愛人(松岡依都子)のところに入り浸り、姉・紅(藤中璃子、成人期:向井佑香)は鬱屈とした青春期を過ごしてきた
紅は何とか繕っていたものの、高校のときに堪らなくなって家出をしてしまい、以降ずっと音信不通の状態になっていた
物語は、小学校3年生の1988年から、祖母・澄江(余貴美子)が亡くなる2008年(29歳)までを描いていく
3年生のときにクラスメイトの頼(中野翠咲、成人期:伊藤万理華)と疎遠になり、中学生時代に塾講師・伊藤(長友郁真)の姪っ子・かな子(森美理愛、成人期:深川麻衣)に恋心を抱いていく
そんな恋愛関係も大人になってややこしく絡んで行くのだが、メインは「弟のふりをしてきた理由」であり、それが明かされていく過程は切ないものがあった
いつかは受け入れなければならないもので、それは家族の呪縛として存在してきたのだが、「母親の精神的依存のため」ではなく「嫌われない子どもになるため」というのは切なくも思う
それでも、幼少期の防衛反応としては普通にも思えるので、それを拗らせたまま大人になったことで、半ば崩壊していた家族関係というものは良からぬ方向へと向かいつつあった
そして、それを支えてきたのが祖母の存在であり、彼女の死は、そう言ったものに頼らずに生きていくことを突きつけるタイミングだったようにも思えた
映画では、誰に対してでも優しい山吹が描かれ、それが時に恋人を傷つけたり、家庭をおかしな方向に導いていたりもした
それぞれが家族を壊さない為に距離を置き、父は愛人のところに逃げるし、紅は家出をするという選択をする
特に紅は同性愛者だったこともあり、誰にも打ち明けられないものを複雑に抱えてきた
映画では明確に描写されないものの、黒いランドセルを欲しがったり、クラスメイトの化粧を毛嫌ったり、援交する女子を見下したりしていた
樹(ヒコロヒー)とそう言った関係かはわからないが、パンフレットには「紅の恋人」と書かれていたので、設定としてはそうなっているのだろう
物語は、重苦しい展開が続き、体感時間はかなり長めで、上映時間も125分となっていた
いつ終わるのか?とは思わないものの、早く抜け出したいなと思わせるものがあったので、それは意図されたものだったのかもしれない
葬儀の場において、身勝手なかな子が登場するのだが、彼女を宥めるのが頼という皮肉があり、多くの言葉を交わさないものの、「なんでこの女には子どもができるんだ」という恨みも募っていた
それを打ち消す事になるのが山吹の言葉であり、幼少期から続いていた想いの強さを打ち明ける事に繋がっている
彼が「原因は自分にある」と言ったのは生理学的な部分ではなく、精神的な部分であり、恐らくは子どもを持つことの怖さというものがあったのだろう
成長すれば、弟と重なってしまうかもしれない
そのときに自分はどうなるのかは想像がつかず、誕生よりも先に喪失を恐るのは、この家庭環境ゆえに起こっていることのようにも感じられた
いずれにせよ、かなりナイーブな物語で、誰にでも共感性を生むかというと微妙にも思える
家庭の不和というのは様々な理由があるものの、結果として維持せねばならないという呪縛があって、それをどのように成し得るのかという命題はあると思う
ある意味、距離を置くことでしか保たれないものはあって、必要十分的な観点で、少しの接点を持ち続ければ良いのだと思う
この感覚は大人にならないとわからない物だと思うのだが、それを自分の人生の中で得ていく事こそが「生きる」ということにも繋がるので、そんな中でも「他人に優しくありたい」と思えるのならば、悪くない人生を歩めるのではないか、と感じた
紅さんサイフは赤だね
弟の事故死が切っ掛けで関係がおかしくなった家族と向き合う長男の25年間の話。
1988年、主人公山吹小3、面倒見の良い姉紅小5と遊園地を作ると言う爺ちゃん、インドに行っているという婆ちゃん、次男青磁の死受け入れず現実逃避する母親、そこから逃げ出し愛人宅に入り浸る父親という家族をみせて始まって行く。
あらすじ紹介には唯一まともにみえるのが紅と記されているけれど、両親以外はまともにまえるし、なんなら紅もちょっと拗らせている感じもするし。
全ては甘ったれて依存した母親と、向き合わずに全てを先延ばしした父親のクソっぷりからおかしくなった家族の話しだけれど、爺ちゃん&婆ちゃんがユニークではあるもののちゃんとした人だし、両親を反面教師に育った子供たちの優しさと絆を絡めてみせていく感じでとても良かった。
優しさとは
家族の物語
30年の家族の様々な出来事、葛藤、うまく行かないことを描いた作品。家族には何かしらの問題や困難は必ずある。嘘をつくこともあるだろう。弟の代わりに手紙を出し続けるのは優しさではないとは思ったけれど、、、
かな子がちょい怖かった😱
家族の物語としては、それぞれの家族の形があるので、まあ良かったかな。
サービスデイなのに、私しか観客がいなかった笑笑
クマ人間と犬
カワイカー!
お前も赤鼻にしてやろうか!
伊藤万理華をはじめ、深川麻衣、向里祐香など女優陣に惹かれて鑑賞。
前半、思いのほか幼少期エピソードが長い。
説明がまったくなく、なんとなく察せる程度で進行するのはまだいいのだけど…
とにかく全体で見てもシーンの繋がりが非常に悪い。
急に話が飛び、しかもその間に大きなことが起こってたりするから、余白を読むのが大変。
その上、羽猫家以外のエピソードも盛り込むし。
かな子とか不快なだけだし、要らなくない?
他のキャラにもほぼ感情移入出来ず。
山吹ですらメインキャラ以外との描写(学校、バイト、職場など)がほぼ無く奥行きゼロ。
表面的に優しいだけで人間味も薄かったのが、終盤急に“ずっと抱えてた罪の意識”とか語られても…
頼は子供を探してる最中に突然「やってあげてると思っちゃった」なんて無関係な吐露をする。
(この時まだ付き合ってなかったのは逆にビックリ)
それからはただ面倒なネガティブ女子に。
また、何のエピソードもなく母は次男の死を受け入れ、両親は和解する。
姉は知らんとこで幸せになってて、祖母の見舞いをきっかけになし崩し的に復縁。
家族ドラマとしてこれでいいんですか?
頼に片思いしてたことも、バーにいた彼女も話に絡まないし、小学生の時の友人の存在意義は?
姉を訪ねた時、かな子の母が渡してきたサブレの店が映ってたのも本当にただ映ってただけ。
最後、実家の中をスライドショー的に見せるけど、特に染みるものが無いのよ。
余剰ばかり多く何がしたいのか分からなかった。
許さなくていいとおもう
淡々としずかな物語だが、伊藤万理華さんと深川麻衣さんがいい。深川さんの品よく清楚な魔性みたいなものが存分に発揮されていたけれど、先輩もまた家庭や環境の呪いに囚われていて、いつか救われてほしいなあと思った。
少女の紅さんもおとなになった紅さんも強いまなざしが印象的。すごくしんどい話をしているのに、ヒコロヒーがたんたんとお弁当を食べているのかよかった。
神様みたいなひとがそう判断している、ということの言いたいことはわかるんだけど、同じ状況のひとがきいたら、かなり残酷な台詞では・・・とちょっと思いました。
紅、山吹、青磁、きょうだいの名前がとてもうつくしい。
でもやっぱり、ふたりは(先輩も)親を許さなくていいとおもう。
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