ぼくの名前はラワンのレビュー・感想・評価
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心にしみわたる映画、温かい気持ちになる♪
耳が聞こえないラワンは、母国では「ポンコツ」というレッテルを貼られ、つらい日々を過ごしていた。
両親、兄、ラワン、弟の5人家族は、決死の覚悟でイギリスに向かい、難民としてダービーで暮らし始める。
入学した聾唖学校で言葉を獲得したラワンは、初めて自分の存在、不安、悔しさ、憤りを認識する。
友人を作り、手話によるコミュニケーションの楽しさを知る。
段々と彼の表情が明るくなり、その瞳に力が宿る。
自分の可能性を信じ、積極的に行動していく彼がまぶしかった。
実は、ラワンは、難民キャンプにいる時から、手話という聾唖者の言葉を知っていた。
きっかけは、ボランティアの聾唖の青年との出会いだった。
外の世界に触れたラワンは、危険でも難民キャンプを脱出したいと切望し、家族と共に移住を成功させたのだ。
偶然は、神様からの贈り物。
そのチャンスを生かすも殺すも、それを受け取った本人次第。
偶然を必然にしたラワンに、心から拍手を送りたい。
静かなドキュメンタリー
他の星を夢見た少年が、言語で居場所を手に入れる
『言葉』とは、『伝える』とは、『コミュニケーション』とは何か。
そして、自分の『居場所』とは、『アイデンティティ』とは何か。を改めて考えた。
ラワンは言っていた。「地球外の星に行きたい。みんなが聞こえない星」。
兄は当然のように「僕も一緒に行く」と応じる。
それは、孤立させられていたイラクでの日常からの切実な逃避願望であり、同時に「理解し合える場所」への渇望だったんだと思う。
『居場所(HOME)』という単語が何回も出てきた。
耳にするたび胸がぎゅっと締め付けられる。
苦しい絶望だったものが、不安を経て、徐々に安心に変わっていく過程が伝わってきた。
それも、学校のスタッフ、地域の人々の支えがあってのこと。
『言葉』を得たラワンはどんどん強くなる。
言葉にすることは、自分の頭の中を整理し、まとめると同時に消化するということだと思う。
「世界は変えられる」「法律を変える必要がある」と訴える姿は、
もうほかの星に行く必要のない、目の前に未来が広がる、アイデンティティを確立した「ラワン」だった。
手話は道具ではなく言語である。しかし公用語として認められている国はまだ少ない。多くの国で言語として認められ、公用語となる日を願う
同名義でnoteでもう少し詳しく書いています。
勇気をもらいました
ろうについての知識はほとんどありませんが、言語に問題を抱えている外国人の子ども達についての知識があるため、これまでの色々な経験を思い浮かべながら鑑賞しました。言葉を持たず、自由に表現できないもどかしさは少し理解しているつもりです。この映画に出会えたことに感謝します。
何よりも印象的だったのは、お兄さんとソフィー先生です。特にお兄さんは、両親がラワンに寄り添えなかった時も終始ラワンの理解者であり続け、どんなに大きな心の支えになっていただろうと思います。両親は両親なりにラワンの将来を案じていたのも理解できます。最終的には本人の選択を尊重することのできる素晴らしいご両親だと思います。
また、ソフィー先生の愛情深く辛抱強い教育も、ラワンの健全な成長には不可欠だったことでしょう。言葉一つ一つが刺さりました。
難民キャンプにいたろう者のエピソードも心に残りました。ラワンは感謝を伝えたいと言っていましたが、現在の成長を知ったらとても喜んでくれるだろうと思います。
私自身もラワンにとっての彼のような人間になりたいものです。もちろんラワンのように努力できる子供もいますが、残念ながら現実には怠慢や諦めで将来が心配な子供達が大勢います。教育の機会は十分にあっても。そのような子供達をどうしたら道を外さずに社会に送り出せるのか、これからも模索し続けます。
映像は一般的なドキュメンタリー映画と比べるととても芸術的で、俳優の演技だと勘違いしてしまいそうなほどでした。パンフレットによると、舞台になった学校の協力が大きかったようです。
劇場には手話で会話をしている方もいらしていました。多くの方に届いて欲しい映画です。
静かな余韻
イランで友人を持てず孤独を抱えていたラワンが、イギリスへ移民として渡り、少しずつ人とのつながりや居場所を得ていく様子を描いたドキュメンタリー。
強制退去を命じられ、裁判で控訴を重ねた末にパスポートを取得し、イギリスで暮らすことができるようになる結末は、淡々とした語り口ながらも感慨深いハッピーエンドだった。
全体的に音楽は最小限で、ほぼBGMのみ。字幕を追いながら進む静かな構成のため、正直集中力を要し、退屈に感じる場面もある。しかしその分、最初は心を閉ざしていたラワンが、徐々に友人と打ち解け、世界が広がっていく過程が丁寧に映し出されており、静かな余韻を残す。
また、父親と母親が手話を学び、ラワンと同じ言語でコミュニケーションを取ろうと努力する姿も印象的で、家族の在り方や理解について考えさせられた。
刺激の強い作品ではないが、人が環境と他者によって少しずつ変化していく様子を静かに見つめたい人には心に残る一本だと思う。
ポンコツ。
クルド人で難民で耳が聞こえない少年がイギリスで頑張って生きる4年間のドキュメントです。
日本でもクルドの人達は問題になってます。無制限に受け入れる事は難しいけど、宗教や文化の違いはお互いの尊敬と尊重で乗り越えさえすれば結局のところ環境が人を作るって事なんじゃないかと。
難民が安心できる場所は、住んでる僕らも暮らしやすい場所ってことかもしれません。
ラワン君が自分の事ポンコツって言ってましたが、大丈夫です。健常者ではありますが私もかなりのポンコツだし、世の中には健常者なのにラワン君をはるかに超えるポンコツ野郎が一杯いますから草。
なかなかドキュメントにしてはグラフィック処理が優れているなぁと感心しました、日本のドキュメントも参考にしても良いんじゃないかと思う。
染みた
是非、観られるうちに劇場で。
劇場でトレーラーを観て興味を持った作品。「クルド人難民のろう者少年」と言う、私がよく聴いているラジオ番組でも扱われることが多い“課題”であり「これは観逃せない」と思ったら、やはりパーソナリティの宇多丸さんのコメントもあって劇場鑑賞が確定。と言うことで、今週二度目となるシネスイッチ銀座にて鑑賞です。
クルド人のラワンは重度の聴力障害をもつ、いわゆる“ろう者”です。両親や兄弟たちは皆“聴者”であり、出身のイラク時代から出国後の難民キャンプで過ごしていた間も、自分と同様のろう者に遭ったことがなく、「自分はBAD(ポンコツ)だ」と思い込んで何事にも自信が持てません。その上、同世代の子供たちからはいじめられたり仲間外れにされたりで、話し相手になってくれるのは兄だけ。その後、ようやく落ち着けたイギリスの都市ダービーでろう学校に入ったことをきっかけに、先生の熱心な指導で手話をおぼえ、自分と同じろう者の友達ができ、勉強することの楽しさにどんどんと意欲を持ち始めます。
クルディスタンとして、そしてろう者として、困難な運命を背負いすぎた少年ラワン。「もう地球に自分のHOME(居場所)は存在しない」と、聞くに堪えないようなことを本気で考えて口にする彼に対し、ろう学校の先生たちは諦めずに彼と対話し、信頼関係を深め、そして彼の本心を引き出し、更には積極性や意欲を沸かせていきます。当然、たとえイギリスにせよ難民や亡命希望者の受け入れは相当に“狭き門”であり、作品中においてラワン家族にも在留資格喪失の危機が来るのですが、それを回避するためのキーマンもまたラワンです。言い変えれば「家族の運命を握っている」という意味でもまた“背負っている”と言えるのです。ところが、ラワン自身は覚えた手話で得られたコミュニケーション、友人たち、そして学ぶことに生きる意味を見出し、そのオポチュニティーを諦めたくない一心で立ち向かう姿勢に、「あの小っちゃくて引っ込み思案だったラワンが…」と胸が熱くなります。
と、題材としてはこの上なく本当に素晴らしい本作ですが、作品としてはやや演出過多な印象も…。何だかテレンス・マリックのような自然へのクローズアップ映像(ただ、テレンスのクオリティには程遠い)を度々に差し込んだり、やや勿体ぶって何なら“煽る”意図さえ臭ってきそうな編集は「上映時間90分でこの仕上がり?」と少々鼻白んでしまう。短編で充分とは言いませんが、どうせならもっと授業や放課後、或いは家族との時間(特に兄とのエピソードなど)をもっと見せてもらいたかったと感じます。
とは言え、やはり観る意義は大きい本作。難民認定数は先進国の中で非常に少ないという残念な実情を持つ日本にとって、ラワンの向上心と行動力には日本人として見習うべきことばかりです。是非、観られるうちに劇場で。
終盤に向けて、ラワンの瞳の輝きが凄い
生まれながらの聴覚障害を持つラワンの成長っぷりが見どころ。文字通り、「死と隣り合わせ」でイラクを脱出し、何とかイギリスに辿り着き、一家揃っての生活が始まったものの、この頃のラワンには不安と不満で押し潰されているような感じだが、信頼できる教師と寄り添ってくれるクラスメイトとの存在によって、彼の黒くて大きな瞳に光が当たったようだった。ドラムの音がどんなものかは判らなくても、風船を通じて「音の振動」を知った彼の嬉しそうな表情は凄くよかった。
成長とともに困難にも遭遇するだろうが、自らの努力と周囲の支援や協力によって乗り越えて欲しい。
コミュニケーションの重要さ
ろう者のクルド人難民の少年、ラワンくんのドキュメンタリー。手話がろう者の彼のコミュニケーションのツールとして機能し始める後半の描写の凄みに圧倒された。
難民と聞くと、なぜ難民になって他の国に行きたいかという動機を考えたこともないことに気づかされた。彼の場合、いや彼の家族の場合は、ラワンくんの教育が課題だった。イラクではラワンくんのような障害者の居場所がない。
このドキュメンタリーでは、ラワンくんを取り囲む状況を政治的な側面や、法律の改正まで含めてしっかりと描いている。よりよい社会を考えるという、ドキュメンタリーを超えたジャーナリズムを感じた。
ラワンくんの学びは我々の学びでもある。
手話というコミュニケーションを通じて、他者との関係性によって自信をつけていく様子は、大人への成長より以上に、人間の尊厳、人間らしくあることを感じさせる。
コミュニケーション手段がなかった頃の幼少期のラワンくんは、いじめの対象で、居場所もなかった。地球ではない、別の星に居場所があると夢想していた。
難民のろう少年だけの問題ではない。このドキュメンタリーは、ディスコミュニケーションに苦しむ、日本、いや世界の我々の話ではないか。
勇気
聴覚障害者の居る世界
イラクで生まれた少年ラワンは、聴覚障害のため他人と意思疎通がはかれず、いつもひとりぼっち。
そんなラワンを連れ、家族は難民としてイギリスへとたどり着く。
そこで、ラワンはダービー王立ろう学校に入学し、自分と同じような人たちがいることを知り、初めて「言葉(手話)」を手に入れた。
自分の意見を表すことの喜びにあふれたラワンを見て、別人のようだと兄も感嘆。
自分の言葉を紡げるようになり、国外退去処分の危機を乗り越えようと奮闘する姿に、見ている方も「頑張れ!」と心の中で応援。
英国手話言語法(BSL法)を知り、ラワンは自分の意思で行動し始める。
自分や家族が国外退去を命じられる可能性があっても、この法律はろう者にとって必要なものだと信じ、デモに参加する。
デモの場では、彼の前にいる全ての人々は、手話を操っていた。
その姿は、観客に彼の夢見ていた世界が、はっきりと伝わってきた。
少年ラワンのこれからの人生が、力強く豊かなものであることを願うばかり。
皆が優しく少年の成長を願える、良質なドキュメンタリー作品。
自身のアイデンティティを確立する
第20回難民映画祭 にて鑑賞。
東京国際映画祭 で『 ロストランド 』を観て
デフリンピック東京2025 を観戦したばかりだったので自然と引き寄せられました。
ドキュメンタリーとは思えないイギリスの風景の美しさは、
手話を自分の言語として表現する喜びに満ち溢れていました。
難民としてだけでなく、言語の違いによって家族の中ですら疎外感が生まれることに気づかされます。
文化の違いと言語の違い。
自己のアイデンティティを確立する過程で
理解者がいること、仲間がいることがいかに大切なことか。
逆に、彼に「もっと頑張る」と言わせているのは私たちだと思わずにはいられませんでした。
併せて『みんな、おしゃべり!』も見てほしい。
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