ダンサー・イン・ザ・ダーク : 特集
赤尾美香
カンヌ国際映画祭のパルムドールと主演女優賞をダブル受賞した「ダンサー・イン・ザ・ダーク」。「奇跡の海」のラース・フォン・トリアー監督が、我が子に無償の愛情を注ぐシングルマザーの姿をミュージカルとドキュメンタリータッチの2重構造で描いた作品だ。本作の話題はなんといっても、主演をつとめたビョークその人。カリスマ的な魅力で世界中に多くの信奉者を持つ彼女の真実の姿を探ってみたい。
見掛けはフラジャイルでも、持っているのは岩の魂
10年も音楽雑誌の編集部にいれば、思い出深い取材も少なくないのだが、ビョークのそれは特別。シュガーキューブスが解散して、初のソロ・アルバム「デビュー」を発表した後の来日公演時。今から6年ほど前になる。少し風邪気味だったのだろう、声の調子が思わしくなかった彼女。ライブではベストの状態で歌いたい。でも1度やると返事をした取材は断りたくない。そこでレコード会社担当氏から伝えられた彼女の意向は「筆談で取材を受けてもいいだろうか」というものだった。「それは構わないんですけど、いかんせん初めてのことで……。大丈夫すかね?」「本人がそうしたいというのだから、大丈夫でしょ」というわけで、私の音楽業界人生、(現在のところ)最初で最後の筆談取材が実現したのだ。
ホテルの取材部屋。白いワンピース・ドレスを着たビョークは、汚れを気にすることもなく床にペタンと座った。インタビュアーである中川五郎氏の質問にジッと聞き入りながら、質問が終わるとおもむろにマジックをつかみ、テーブルにつっぷすような姿勢で画用紙に答を書きなぐっていく。時折、顔をあげて、どんな言葉を使うのがいいか考え込んでいる表情は真剣そのもの。言葉が見つかると、ふっと笑みを浮かべてまたつっぷす。そんな、あまりに懸命で熱中している姿は、幼い子供が脇目もふらずにクレヨンで絵を描いてる様にも似ていた。
近年、彼女が取材に応じる数は少なくなっているが、それでも1度承諾した取材に対する懸命さは変わらないと聞く。そしてそれは、単純に責任感という言葉に置き換えられるものではないのだ。ましてや、他人に好かれたいがゆえの安いサービス精神であるわけもない。彼女の思いはひとつ。自分のすべてを誤解なきよう伝えたい、ということに他ならない。さらけ出した自分を相手がどう受け止めるかは、問題ではないのだ。
今夏、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のサウンドトラック「セルマ・ソングス」発表に伴う取材に立ち会ったレコード会社担当女史は、初対面ビョークの印象をこう語ってくれた。
「フラジャイル(壊れやすい)な人。フワフワーッとしていて、まるでガラスの中のお姫様ですね。でも、取材が始まると、ものすごいアイスランド語訛りの英語で、よく喋る喋る。ひとつの質問に対して、人生振り返りながら起承転結をつけたりもするから答は長いけど、無駄な話はないんです。見掛けはフラジャイルでも、持っているのは岩の魂。どんな時も、どんな人にも揺るがされることのない魂を見た気がします」。そして「彼女が発する独特のオーラが、よりビョークというアーティストを特別な存在にしている。気安く世間話を持ちかけられない雰囲気というか……」とも、女史は言う。